最新記事

欧州

欧州ホームグロウンテロの背景(4) 現代イスラム政治研究者ジル・ケペルに聞く

2016年6月18日(土)11時14分
国末憲人(朝日新聞論説委員)※アステイオン84より転載

 ケペルはかつて、欧州と中東が「歴史と文化遺産を共有している」として、共通の文明圏を築くべきだと提言してきた。ただ、もはやそのような楽観的な立場は取りえないという。

「ある時期までそのように信じてきました。しかし、『アラブの春』以降、状況は恐ろしいことになりました。シリア、イラク、イエメンで国家の機能が消滅し、激動期に入っています。クルド人との対立を深めるトルコの将来も予断を許さない。以前の提言は通用しません」

 ならばこれからどうしたらいいのか。

「第一、第二世代が失敗したように、第三世代も長期的には成果を生まないでしょう。ただ、その後の世代交代がどこまで続くか。すべては、イスラム教徒自身が過激派の思想を拒否することから始まります。その営みなくして、イスラム過激派の活動が消え去ることはありません」

パリ同時多発テロの後で

 このインタビューでケペルと会ったのは二〇一五年九月のことである。その二カ月後の十一月十三日、パリで一三〇人の犠牲者を出す同時多発テロが起きた。『シャルリー・エブド』事件で傷ついたフランスにとって、同じ年に受ける二度目の衝撃だった。

 この日夜、独仏のサッカー親善試合が開かれていたパリ北郊サンドニのスタジアム周辺で三人が自爆し、市民一人が巻き添えになって死亡した。ほぼ同じ頃、市内東部の三カ所の飲食店が銃を持った男らに襲撃され、計三九人が死亡、別のカフェで一人が自爆した。また、ロックコンサートが開かれていたパリ中心部のホール「バタクラン」には三人が押し入って観客らを狙撃し、九〇人もの犠牲者が出た。容疑者の多くは、ベルギーやフランスの移民家庭の出身だった。

 その五日後、首謀者と目されたモロッコ系ベルギー人アブデルアミド・アバウドは、潜伏していたサンドニのアパルトマンで警官隊と銃撃戦を繰り広げた末に死亡した。

【参考記事】ドキュメント:週末のパリを襲った、無差別テロ同時攻撃
【参考記事】ベルギー「テロリストの温床」の街

 ケペルはこのテロの後、フランス各紙のインタビューに応じている。それによると、このテロも基本的にスーリーの理論に沿う形で実行されたと、彼は考えているようだ。ただ、標的が明確に定まっていた『シャルリー』の場合とは異なり、無差別の大衆を狙った側面が強くなった、とも指摘している。

『リベラシオン』紙のインタビューで、彼はテロリストの意図をこう分析した。

「彼らが狙ったのは、嫌イスラム傾向の強い右翼を刺激し、イスラム教徒に対するリンチを誘発させることだった。スカーフをまとったイスラム教徒の女性が襲われるだろう。イスラム教の戒律に沿ったハラールを商う店が焼き打ちに遭うだろう。本来『イスラム国』と何の関係もないイスラム教徒も、このような『嫌イスラム』意識に直面して、ジハードに合流するに違いない――。彼らはそう考えた」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領、イラン最高指導者との会談に前向き 

ワールド

EXCLUSIVE-ウクライナ和平案、米と欧州に溝

ビジネス

豊田織機が株式非公開化を検討、創業家が買収提案も=

ワールド

クリミアは「ロシアにとどまる」、トランプ氏が米誌に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中