独裁エジプトに再度の市民蜂起が迫る
「ムバラクよりひどい」とメトワリは言う。この日、筆者は同じ言葉を何度も、何人もの取材相手から聞かされた。
その一人が、マナル・イブラヒム・サラム。彼女の息子(24)は2年前から行方不明だ。何か手掛かりはないかと、自宅からバスで約3時間かけてカイロに通い、遺体安置所を確認して回る日々が続く。「息子の消息を知るためならどこにでも出向き、誰とでも話す」。しかし、当局は何もしてくれないと言う。
姿を消すのは、学生や政治活動に関わっていると疑われた人々だけではない。
アヤ・ヒジャジー(29)は、米ジョージ・メイスン大学で紛争解決学を学んだアメリカ人だ。アイルランド在住でグーグルに勤める兄のバセルによれば、彼女は状況改善の力になりたいとカイロに渡った。
彼女は夫と共に、ストリートチルドレンのための慈善団体「懸け橋」を立ち上げた。だが、程なく逮捕され、2年近くカイロの女子刑務所に収監されている。裁判は5回延期された。彼女は読書家で、絵も得意だ。「絵はもともとうまかった」が(刑務所では絵を描くしかないので)「相当腕が上がったはず」と話すバセルの声は暗い。
ヒジャジーは「ストリートチルドレンという巨大な問題の解決に乗り出そうとしていた」。そのために、主として公衆衛生やセクシュアル・ハラスメントや児童福祉に関する問題の解決に当たるNGOをエジプトに設立した。
だが小さなミスを犯し、罠に落ちた。当局からNGOの正式な登録番号を取得する前に活動を始めてしまったのだ。
彼女が捕まると「なぜか」新聞各紙による個人攻撃が始まった。父親はレバノン人、母親はエジプト人なのに国籍はアメリカだから、だろうか。
ヒジャジーは人身売買や児童虐待の罪に問われた。家族も友人も、周囲の人権活動家も、そんなことは信じていない。「見せしめなのは明らかだ」とバセルは言う。「若者にこう警告したいのだ。今とは違う世の中がお望みか? 政府の代わりに人助けをしたいか? やめろ、刑務所行きだぞ、とね」
「市民社会との戦いだ」
治安当局による弾圧の強化は、今の政府には何でもできるという事実を国民に見せつける手段だと、カイロ人権研究所のザレーは言う。「これはテロとの戦いではない、市民社会との戦いだ。治安機関が暴走している」
体制側にとって、5年前の春は悪夢だった。だから、その再現は許さないと固く決意している、とザレーは言う。