最新記事

2016米大統領選

「トランプ話法」のレトリックに隠された功罪

自分の考えを語る途中で言葉を濁したり、曖昧な表現をするトランプ話法の秘密とは──

2016年2月22日(月)10時49分

2月16日、ドナルド・トランプ氏は、彼が実際に口にしない部分で多くを物語っている。米大統領選の共和党候補指名を狙うトランプ氏は、演説のなかで自分の考えを最後まで言い切らないことが多い。写真は9日、ニューハンプシャー州予備選で勝利演説する同氏(2016年 ロイター/Jim Bourg)

 ドナルド・トランプ氏は、彼が実際に口にしない部分で多くを物語っている。米大統領選の共和党候補指名を狙うトランプ氏は、演説のなかで自分の考えを最後まで言い切らないことが多い。

 突然言葉を切ったり、厳密な表現の代わりに曖昧な表現を使ったりする。中途半端な表現を使うのは、彼がいいかげんだからではない。

 これは「エンテュメーマ(省略三段論法)」と呼ばれるもので、説得力のある会話スタイルの柱となるレトリック(修辞学)だ。その効果で、億万長者であるトランプ氏は、2016年11月の大統領選挙を前にした全国規模の世論調査で首位に躍り出た。

 支持者にとって、トランプ氏の政治家としての話しぶりは他の誰にも似ていない。彼は遠慮なく自分の考えを語り、ためらいもなくライバルを中傷し、台本に頼っていないように見える。特に、自分の考えを語る途中で言葉を濁したり、演説のなかに曖昧な表現をちりばめたりする場合はなおさらだ。

 例として、先日行われた共和党の公開討論会でのコメントを見てみよう。このなかで彼は、イスラム教徒を一時的に入国禁止とする自身の提案を擁護している。「私はイスラム教徒について話した」と彼は言う。「われわれは一時的に何か(something)しなければならない。なぜなら、何か(something)良からぬことが起きているからだ」

 トランプ氏が何を言っているのか、その解釈は聴く者に委ねられている。修辞学を専門とする複数の教授によれば、これはつまり、支持者は実質的に彼の発言を自分自身の信念に合わせて解釈できるということだという。また、意識的か否かはともかく、これによってトランプ氏は、ライバルが彼を攻撃するための言質を取られることを避けられる。

 厳密には、エンテュメーマとは、三段論法のうち少なくとも一つの前提を表明しないままにしておく推論方式である。このコンセプト自体は目新しいものではない。古代ギリシャの哲学者アリストテレスが解説しているし、過去の米国政治においても用いられてきた。

 実際に、エンテュメーマはさまざまな形で現れる。ドラマチックな効果をもたらす間や、不完全な文、トランプ氏が用いる穴埋め式の「何か(something)」などがあると、米政治家などによる演説を研究している専門家は指摘する。いずれのケースでも、空白を埋めるのは聴く側だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、大幅な2%割れに警戒を=ポルト

ビジネス

石破首相がバイデン米大統領に書簡、日鉄のUSスチー

ワールド

フィリピン、ドゥテルテ副大統領に召喚状 「殺し屋雇

ワールド

ロシア前大統領、「ウクライナへの核兵器移転議論」の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 4
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    テイラー・スウィフトの脚は、なぜあんなに光ってい…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    早送りしても手がピクリとも動かない!? ── 新型ミサ…
  • 9
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 10
    日本株は次の「起爆剤」8兆円の行方に関心...エヌビ…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 9
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 10
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中