最新記事

香港社会

香港で起こった「革命」はなぜ市民の支持を失ったか

2016年2月13日(土)06時03分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

中国人観光客に罵声を浴びせる過激な「急進派」たち

 騒ぎを起こしたのはどのような人々なのだろうか。政府批判的な政治グループには、政治改革と民主化を求める「民主派」以外に、香港独立を求める「本土派」と呼ばれるグループがいる。その一部は以前から「中国人はイナゴだ」とのヘイト広告を新聞に掲載したり、繁華街で中国人に暴言を吐くという過激な活動を続けてきた。

 2014年秋の雨傘運動でも、「本土派」内の急進派が運動に参加。中環、銅鑼湾、旺角の3つの占拠区のうち、旺角に陣取った。中環では学生たちが青空勉強会を開き、理性的に抗議の意志を示した一方で、旺角では警官隊と小競り合いを繰り返すという対照的な光景が展開された。

 雨傘運動終結後には、鳩鳴団(中国語の購物、ショッピングの当て字。デモではなく買い物しているだけという名目で繁華街を練り歩く活動)や、転売目的の中国人観光客に罵声を浴びせるなどの運動、さらには道路にお金を落としたので拾っているという建て前で交通を阻害するといった活動が繰り返された。

 香港警察は雨傘運動で催涙弾を使用するという強硬姿勢を見せたことが市民の反発を招いたことを理解し、その後は慎重な対応を続けている。その一方で急進派は幼稚な挑発行為を繰り返してきた。「暴力的」とのレッテルは警察から急進派へと移りつつあったが、今回の事件はその印象を決定的なものとする転機になるのではないか。

 彼ら急進派の数は決して多いものではない。中核メンバーの数はせいぜい数百人程度だろう。しかし、そのごく少数の急進派が大きな影響力を持ちつつある。急進派だけではなく、本土派全体、あるいは同じ政府批判の民主派にも批判が飛び火する可能性はある。

 また香港政府は旺角騒乱の参加者を暴動罪容疑で逮捕している。1970年に制定された暴動罪だが、実際に適用されるのは今回が初めてだ。世論の反発が想定されるだけにこれまで適用はひかえられてきたわけだが、暴徒批判・警察支持という社会のムードを背景に伝家の宝刀を抜いた格好だ。12日現在、38人が起訴されているが最終的には60人以上にまでふくれあがる可能性もある。

香港社会運動が歩むべき「正しい道」とは?

 ある香港人は旺角騒乱を反政府側のオウンゴールだと嘆いた。無駄な暴力によって本土派、民主派の支持は失われる。民主化を求める動きにとってはマイナスでしかない、と。

 暴力行為はごく一部の急進派によるものであるが、世間はそう思ってはくれない。学民思潮のジョシュア・ウォンは暴力行為を批判する一方で、急進派は合法的手段による解決が期待できないために暴力行為に走った絶望の若者たちであり、政府にこそ最大の責任があるとのコラムを発表したが、この主張は果たして支持されるだろうか。

 もちろん若者たちの絶望は状況説明として正しい側面もある。議会は親中派が多数を占めるよう、経済界など各業界出身の議員が多数になるよう制度設計されている。約束されていた行政長官選出の普通選挙導入も失敗に終わった。デモやストライキで圧力をかけようにも香港政府には重大事項の決定権はなく、遠く離れた北京には影響を与えられない。植民地的悲哀とでも呼ぶべきか。まさに袋小路の状況だ。

 希望は見えないとしても、民主化への道があるとするならば、それは香港社会の支持が受けられる平和的運動以外にはありえない。絶望的状況を乗り越えて、正しい道を歩むことができるか。香港の社会運動は試練の時を迎えている。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中