最新記事

中東

ノーベル平和賞のチュニジアにISISの魔の手が

「アラブの春」唯一の優等生国家がテロ組織のリクルート拠点となった落とし穴

2016年2月17日(水)16時00分
アレッサンドリア・マシ

見えない明日 政府に失業対策を求める声が高まっている(1月末のデモで座り込みをする無職の若者) Zohra Bensemra-REUTERS

 モハメド(23)は仕事を探している。チュニジア中部の地中海沿岸の都市スースに住む彼は、11年1月に反政府デモに参加してから5年間、ずっと失業中だ。

 チュニジアから広まった民主化運動「アラブの春」は各地で泥沼の内戦に発展したが、チュニジアのジャスミン革命は唯一、成功したとされる。

【参考記事】ノーベル平和賞のチュニジアだけが民主化に「成功」した理由

 とはいえ、すべてが順調ではない。チュニジアでは18~34歳のうち約20万人が無職だ。多くの若者が職にあぶれるこの国は、テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)などの過激派武装集団にとって、格好の勧誘場所になっている。

 先月中旬、高い失業率と低い賃金への対策を求め、チュニジア各地で若者を中心にデモが起きた。一部が暴徒化して1100人以上が逮捕され、政府は全土に夜間外出禁止令を出した。

 モハメドも地元でデモに参加した。「生活できるちゃんとした仕事」が欲しいだけだと言う。

 イラクとシリアのISISの外国人戦闘員のうち、最も多いのはチュニジア人だ。チュニジアと国境を接するリビアは、ISISの軍事訓練キャンプになっている。

 チュニジアが戦闘員の供給源にうってつけの理由は3つ。まず、国内の刑務所は収容率138.9%の過密状態で、テロ関連の受刑者から周囲に過激な思想が広まりやすい。

 さらに、ジャスミン革命で倒れた前政権も、民主的な選挙で選ばれた現政権も、世俗化政策を強く推し進めている。そのため多くの敬虔なイスラム教徒にとって、信仰に忠実なイデオロギーを掲げる勢力は、ISISのような過激派しかいない。

【参考記事】チュニジア・ジャスミン革命の「意外」性

 しかし、多くのチュニジア人がISISに引き寄せられる何よりの要因は「経済的な理由」だと、ハビブ・シド首相は言う。「彼らは仕事がなかった。普通の生活を送れなかった」

革命後に失業率が上昇

 大規模な反政府デモが起きて政権が交代すると、経済がある程度不安定になるのは想定内だ。とはいえチュニジアでは、革命前は12%程度だった失業率が、14年末に15%、その1年後には15.3%に上昇。大卒男性の失業率はこの1年で20.8%から21.4%に上昇した。

「多大な犠牲を払って革命を起こしたのに、失業者が増え、社会は不安定になり、テロが増えているだけなのかと、国中が自問している」と、タウフィック・ジュラーシ元高等教育・科学研究・情報通信技術相は言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中