最新記事

台湾

2つのアイドル謝罪、「社会の縮図」と「欺圧の現実」

2016年1月29日(金)19時53分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 とはいえ、タイミングだけが問題だったわけではない。16歳の子どもという「弱者」が、会社や中国という横暴な「強者」に虐げられるという構図。これは中華圏の人々の怒りを爆発させる伝統的スイッチである。

 他の事例を紹介しよう。

 2014年には台湾で学生が議場を占拠する「ひまわり学生運動」が起きた。学生たちは政府の不透明な意志決定や対中政策のあり方をテーマとしていたが、その主張が支持されたというよりも、警官が学生たちに暴力を振るう姿が報じられたことで、一気に学生支持が高まった。

 2014年秋に香港で政府庁舎前や繁華街を占拠した「雨傘革命」も同様だ。当初、大学研究者らが「オキュパイ・セントラル」という名称で路上占拠の抗議活動を計画していたが、支持は集まらなかった。ところが座り込みを行った学生たちが暴力的に排除されたこと、警官隊が催涙弾を使用したことで怒りの声が一気に広がった(催涙弾を防ぐ防具として持ち寄るよう呼びかけられた雨傘が運動のシンボルとなった)。普通選挙導入というお題目よりも、子どもたちに暴力が振るわれたという事実が参加者を結束させるきずなとなったわけだ。

 こうした構図は民主主義が根付いている台湾や香港だけのものではない。中国本土であっても、子どもという「弱者」は感情を呼び起こす機能を果たす。

 2012年7月1日に四川省徳陽市什邡市で、銅モリブデン工場建設に反対する大規模なデモが起きた。1万人を超える住民が市庁舎前に集まり、警官隊と衝突する騒ぎへと発展した。その後政府は工場建設の撤回を発表しているが、大規模デモの発端となったのはやはり子どもたちだった。「街の環境を守れ」と高校生の一団が横断幕を手に小規模なデモを行ったところ、警官に暴行され数十人が逮捕された。子どもたちの犠牲が街の人々の感情を逆なでにしたのである。

怒りのレベルは日本人の想像を超える

 子どもに暴力が振るわれれば、怒るのは当たり前と思われるかもしれない。しかし台湾、香港、中国で起きた大規模な運動の事例からも分かるとおり、その怒りのレベルは日本人の想像を超えている。

 中国語には「欺圧」という言葉がある。「権力を持つ強者が弱者を虐げる」という意味で、中国の伝統的道徳観では許しがたい行いであった。前近代の刑法では犯罪行為とされていたほどだ。「欺圧」と反対の意味の言葉が「公道」だ。「公正、公平、あるべき姿」という意味で、道徳的価値が正しく実現されている理想の状態を意味する。

 SMAPとツウィの事件にひきつけて説明するならば、日本ではファンによる運動はあったものの、大多数は不可解な謝罪を日本の縮図だと諦観する人が多かったのではないか。一方、台湾では正しい状況からゆがめられた現実に怒りを抱き、徹底的に抗議しよう、ツウィを救えとの大合唱が広がった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中