最新記事

ロシア

プーチンが空爆で背負った内なる戦争

2015年11月16日(月)18時20分
マーク・ベネッツ

 ロシアのシリア空爆のほとんどは、穏健派の反アサド武装勢力を標的にしていると米政府は指摘する。しかし、イギリスが拠点のNGO「シリア人権監視団」によれば、ロシア軍機が中部のパルミラ近郊でISIS部隊を空爆したことは確かだ。標的にされているISISとアルカイダ系のスンニ派武装勢力アルヌスラ戦線は、ロシアに対するジハード(聖戦)をイスラム教徒たちに呼び掛けている。

「ISISと結び付きのある北カフカスの武装勢力が呼応する可能性が高い」と、独立系ニュースサイト「カフカスの結び目」のグレゴリー・シュベドフ編集長は言う。「モスクワなどの大都市でテロを起こす能力を持っていることは間違いない」

 先月11日には、ロシア当局がモスクワで12人の身柄を拘束した。公共交通機関で爆弾テロを計画していた疑いによるものだ。当局によれば、容疑者の少なくとも1人(チェチェン人)はシリアのISISの訓練キャンプでトレーニングを受けていたという。

不十分過ぎるテロ対策

 しかし、このテロ計画の詳細は曖昧な上、つじつまが合わない点も多い。逮捕が行われたのは、プーチンが国営テレビのインタビューで、ロシア人ISIS戦闘員がシリアから帰国する前に抹殺する必要があると主張した直後だった。そのためこの逮捕は、軍事行動への国民の支持を集めるためのプロパガンダ作戦の一環ではないかとの臆測を生んでいる。

 真相はともかく、爆弾テロ未遂事件が大々的に報道されたことで人々の不安は高まっている。しかし、新たなテロの波がロシアに押し寄せようとしているとしても、それを防ぐ手だてはほとんどないと、ロシアの治安機関に詳しいジャーナリストのアンドレイ・ソルダトフは本誌に語っている。

「ロシアのテロ対策システムが構築されたのは、2000年代半ば。目的は、武装勢力が特定の地域や重要施設を占拠するのを阻止することだった。テロ攻撃を防ぐことは念頭になかった」と、ソルダトフは言う。モスクワなど、ロシアの都市の治安対策は「ほぼ機能していない」とのことだ。

 冒頭のモスクワ市内のモスクを訪れていた中年女性に、ロシア軍のシリア空爆について意見を尋ねると、「言いたいことはあるけれど、人前では言いたくない」という答えが返ってきた。

 その後、彼女はいったん言葉を切ると、声を潜めて言った。「とても危険なことだわ。本当に、とても危ない」

[2015年11月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中