プーチンが空爆で背負った内なる戦争
ロシアのシリア空爆のほとんどは、穏健派の反アサド武装勢力を標的にしていると米政府は指摘する。しかし、イギリスが拠点のNGO「シリア人権監視団」によれば、ロシア軍機が中部のパルミラ近郊でISIS部隊を空爆したことは確かだ。標的にされているISISとアルカイダ系のスンニ派武装勢力アルヌスラ戦線は、ロシアに対するジハード(聖戦)をイスラム教徒たちに呼び掛けている。
「ISISと結び付きのある北カフカスの武装勢力が呼応する可能性が高い」と、独立系ニュースサイト「カフカスの結び目」のグレゴリー・シュベドフ編集長は言う。「モスクワなどの大都市でテロを起こす能力を持っていることは間違いない」
先月11日には、ロシア当局がモスクワで12人の身柄を拘束した。公共交通機関で爆弾テロを計画していた疑いによるものだ。当局によれば、容疑者の少なくとも1人(チェチェン人)はシリアのISISの訓練キャンプでトレーニングを受けていたという。
不十分過ぎるテロ対策
しかし、このテロ計画の詳細は曖昧な上、つじつまが合わない点も多い。逮捕が行われたのは、プーチンが国営テレビのインタビューで、ロシア人ISIS戦闘員がシリアから帰国する前に抹殺する必要があると主張した直後だった。そのためこの逮捕は、軍事行動への国民の支持を集めるためのプロパガンダ作戦の一環ではないかとの臆測を生んでいる。
真相はともかく、爆弾テロ未遂事件が大々的に報道されたことで人々の不安は高まっている。しかし、新たなテロの波がロシアに押し寄せようとしているとしても、それを防ぐ手だてはほとんどないと、ロシアの治安機関に詳しいジャーナリストのアンドレイ・ソルダトフは本誌に語っている。
「ロシアのテロ対策システムが構築されたのは、2000年代半ば。目的は、武装勢力が特定の地域や重要施設を占拠するのを阻止することだった。テロ攻撃を防ぐことは念頭になかった」と、ソルダトフは言う。モスクワなど、ロシアの都市の治安対策は「ほぼ機能していない」とのことだ。
冒頭のモスクワ市内のモスクを訪れていた中年女性に、ロシア軍のシリア空爆について意見を尋ねると、「言いたいことはあるけれど、人前では言いたくない」という答えが返ってきた。
その後、彼女はいったん言葉を切ると、声を潜めて言った。「とても危険なことだわ。本当に、とても危ない」
[2015年11月10日号掲載]