TPPに「実需」戦略で対抗する中国
この国有企業を民営化の方向に持っていって、何とか構造改革をしようとしてはいるが、大きな困難を伴うだろう。WTOに加盟して「国際ルール」に沿うのが精いっぱいで、オバマ大統領が主張するような「統一的ルール」には乗らない「国情」があるのである。
それに、中国が最も嫌うのは「普遍的価値観」だ。
西側諸国の価値観を中国内に持ち込めば、たちまち「民主化」が起こり、中国共産党による一党支配は崩壊する。だから、絶対に西側の価値観を持ち込ませないために、あらゆる手段を考えては言論統制をしているのである。
中国は普遍的価値観の代わりに「特色ある社会主義の核心的価値観」を必死になって植え付けようとしている。これがうまく行くはずもないのだが、ともかくこの「価値観」というファクターを、日本は頭に入れておいた方がいいだろう。
中韓のFTAは締結され、今は日中韓のFTAに関する交渉を日本は進めているようだが、TPP的精神で進める限り、妥協点を見い出すのは困難なのではないだろうか。
東アジア地域包括的経済連携の展望
もっとも、日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国およびインド、オーストラリア、ニュージーランドなどの16カ国の自由貿易をめざす東アジア地域包括的経済連携(RCEP、アールセップ)というのがあるが、ここにTPP的ルールを導入する限り、やはりうまくはいかないだろう。(中国とASEANのサービス貿易協定や投資協定などは締結されている。)
国際社会に二重三重のオーバーラップした連携を形成するより、中国は「社会主義的価値観」を崩さずにAIIBや一帯一路で「実需」を中心として動き、TPP参加国とも二国間FTAをできるだけ多く結んで中国の構想を推し進めていくだろう。
特に90年代半ばから陸の新シルクロードのコアとなっている中央アジア諸国の政治情勢は安定しているのに対し、アメリカがチョッカイを出し始めた中東は混乱を極めている。その間に中国はロシアを含めた中央アジア諸国との上海協力機構の枠組みで「陸」を安定させておき、「海路」にシフトしながら、「実需」に向けてまい進するものと推測される。
以上、特に「価値観」というファクターが横たわっていることを肝に命じつつ、中国の「実需」戦略が、どこまでTPPを食い止めることができるか、あるいは「共存」することができるか、注目したいところである。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数
※当記事はYahoo!ニュース個人からの転載です。