最新記事

領土問題

中国の国家安全法は戦争法か

領有権と同じく法律も拡大解釈しそうな気配

2015年7月21日(火)17時00分
ミシェル・フロルクルス

領土拡張 南シナ海で中国が建設を進める人工島 GALLO IMAGES/GETTY IMAGES

 中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は先週、「国家安全法」を制定した。適用範囲はネット空間から宇宙、深海、極地までにわたるが、緊張の高まる南シナ海も含まれる。

 同法の成立により、当局はすべての国家安全分野で「組織的、効率的」な危機管理体制を構築する権限を得る。鄭淑娜(チョン・シューナ)全人代常務委法制工作委員会副主任は同法を「政権、主権、統一、領土保全、福祉、経済社会の持続的発展の条件」となると述べた上で、強調したのは物理的空間での国家安全の重要性――すなわち南シナ海における領有権の確立だ。

 今の中国にとって、南シナ海における軍事力の強化は国防の要だ。同海域ではベトナムやブルネイ、マレーシア、フィリピンなども一部の領有権を主張しているが、単独では中国に対抗できず、アメリカや日本の軍事的支援に頼ろうとしている。それでも中国は、堂々と岩礁を埋め立てて人工島に変え、軍の施設や民間施設を築いている。

 この法律を根拠に、中国はさらなる冒険主義に走りそうだ。「新法を南シナ海での活動の正当化に利用するだろう」と、米戦略国際問題研究所の上級研究員ボニー・グレーザーは言う。

 今までの中国は、もっぱら大昔の地図を根拠に南シナ海の領有権を主張してきた。その主張に合わせて官製地図を刷り直し、領海線を広げてもきた。南方に延びた最新の「縦長地図」は、以前の地図より露骨に南シナ海の領有権を強調している。

 だが周辺諸国は、そんな地図では納得しない。フィリピン政府は1136年にさかのぼる古地図を何枚も持ち出して、スプラトリー(南沙)諸島などに対する中国の主張に反論している。

 国家安全法の適用対象は広範かつ漠然としており、「国家安全を脅かす行為」を認定する際にいくらでも拡大解釈できる。「国民と国家安全の利益を盾に、あらゆる活動を行う法的根拠を持っていると主張しかねない」とグレーザーは懸念する。

 中国側はそうした批判を一蹴する。「いかなる政府も、その核心的利益は毅然として守り、議論や妥協、干渉の余地を残さない」と、鄭は言った。「中国も例外ではない」

[2015年7月14日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米関税、日米貿易協定の精神に鑑み疑問なしとしない=

ワールド

イスラエル首相がハンガリー訪問へ、ICC逮捕状無視

ビジネス

日米、過度な為替変動が経済に悪影響与え得るとの認識

ワールド

ミャンマーの少数民族武装勢力、国軍が大地震後も空爆
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中