最新記事

モンゴル

爆買いされる資源と性、遊牧民を悩ます中国の野心

「神なる山」で起きた衝突の歪曲された真相とは?モンゴル民族主義に火を付ける傍若無人な振る舞い

2015年4月17日(金)12時27分
楊海英(本誌コラムニスト)

「神なる山」 チンギス・ハンが眠るブルハンガルドン Antonia Tozer -AWL Images/GETTY IMAGES

 遊牧民の男が羊の群れを追って河辺にやって来た。近くの工場で働く中国人たちが水に向かって小便しているのを見つけて、穏やかに注意した。

 水源を汚す者には死刑を科す。これは古今東西を問わず、ユーラシアの乾燥地帯の知恵から生まれた鉄則だ。ところが彼らは謙虚に謝るどころか、遊牧民の男に殴り掛かった。数日後、草原の民は馬に乗って中国大使館を包囲し、説明を求める騒ぎに発展した。3年ほど前、モンゴルの首都ウランバートルでの一幕である。

 ほぼ同じようなことが先月、またもやモンゴル北東部で起こった。ブルハンガルドンという山に無断で登ろうとした中国人たちと、彼らの侵入を制止しようとした地元の遊牧民が衝突。在ウランバートル中国大使館と北京当局が「極右の民族主義団体の襲撃を受けた」と事実を歪曲して大きく喧伝したことで、ウランバートル市長も謝罪を強いられる事態となった。

 ブルハンガルドンはモンゴル語で「神なる山」の意。遊牧民が紀元前の匈奴時代から神聖視してきた「御嶽(おんたけ)」だ。チンギス・ハンと元朝歴代の皇帝が永眠する場所もここにあるとみられている。事実、14世紀以降に神山の周辺一帯に設けられた立ち入り禁止の区域は今日まで制限が続いてきた。

国の南半分が抑圧下に

 宗教が完全に否定されていた20世紀の社会主義時代でさえ、この区域に入ろうとするモンゴル人共産主義者はいなかった。日本の大手新聞社が衛星探査機を駆使してチンギス・ハンの墓を発見しようと90年代初頭に「科学探検」活動を組織したときも、静かな抗議活動が起きた。
モンゴルの「御嶽」に無断で接近することは民族の魂が侮辱されたも同然、と遊牧民は理解している。ましてや、その墓廟のある「御嶽」に中国人が踏み入るのはもってのほか──今回の出来事には、モンゴルと中国をめぐる深刻な背景がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中