「タフガイ大統領」がISIS空爆で抱えたリスク
独裁者ほど実はもろい
中東の要に位置するエジプトに対する挑発は、ISIS最大の悲願だった。彼らはこれまでアラブ世界の「腐敗した政権」を標的にしてきた。シリア、イラク、ヨルダン、リビア、そして今度はエジプトというわけだ。
ISISは宗派対立を戦いの道具に使う。エジプトが国内に無数の怒れるイスラム教徒を抱え、その多くがISISに同情的なことはもちろん承知の上だ。実際、シシが徹底的な弾圧でムスリム同胞団を非合法化した今、ISISへの共感はさらに強まる可能性が高い。
自国民のキリスト教徒を殺害したという理由でイスラム教スンニ派主体の軍が隣国のスンニ派を空爆する──この状況をエジプトのイスラム教徒はいつまで容認できるのか。もしリビアでの戦闘が拡大したら、あるいはISISがエジプト国内の大都市でテロを起こしたら、シシの支持者でさえどんな反応を見せるか予断を許さない。
ISISに殺害された21人のコプト教徒は仕事を求めてリビアに出稼ぎに来ていた。同じようなエジプト人は数十万人いる。ISISによるこれ以上の拉致・殺害を止めるにはどうすればいいのか。シシは空爆以外に打つ手があるのか。
おぞましい惨劇が今後も繰り返されるようなら、シシの無力さを浮き彫りにする結果になり、政権の正統性の根拠は大きく揺らぐ。シシは、自分なら国家と治安を守れると言った。軍人出身の「タフガイ大統領」にも無理だと分かったら、次に何が起きるのか。
ISISによるテロの脅威には、多くの国々が団結して立ち向かう必要がある。彼らは世界中から戦闘員の希望者を集め、弱体化した不安定な国で騒動を起こそうとする。各国政府が独力で対応できる相手ではない。
だが、この戦いで最大のリスクを負うのは、強権支配による安定と治安を約束した軍事政権かもしれない。自分の弱さを自覚していないタフガイの独裁者ほど、もろいものはない。
[2015年3月 3日号掲載]