最新記事

シリア

アサド夫妻に騙され続けた欧米メディア

独裁者カップルのPR作戦に乗せられてアサド政権に好意的な態度を取ったメディアや政治家がシリア情勢をさらに悪化させた

2012年6月12日(火)18時46分
タリア・ラルフ

セレブ扱い アサド夫妻は欧米のPR会社を雇って進歩的で魅力的なイメージを作っていた Sana-Reuters

 アサド政権と反政府勢力の武力衝突が激化し、民間人の虐殺が激化の一途をたどっているシリア。父子2代で40年以上に渡ってこの国を支配してきたバシャル・アサド大統領とその妻アスマが、イギリスとアメリカのPR企業と契約して国際社会におけるイメージアップ戦略に励んでいたことが明らかになった。

 ニューヨーク・タイムズ紙によれば、目的は「親しみやすくて進歩的で魅惑的」な夫婦というイメージを植え付けること。夫妻はワシントンの有名PR企業「ブラウン・ロイド・ジェームズ」と月5000ドルの契約を結んでいたという。

 その仲介を受けて、昨年3月には米高級誌ヴォーグがアスマ夫人を好意的に取り上げたプロフィール記事を掲載。ちょうどアサド政権が反体制派の弾圧に乗り出した時期で、シリアではその後、少なくとも数千人の死者が出ている。

 ワシントン中近東政策研究所のシリア専門家、アンドリュー・タブラーはニューヨーク・タイムズに対し、「アサドは英語を話すし、夫人はセクシーだ」と、夫妻への関心が高い理由を説明している。ただし、タブラーはアサドがスポンサーを務める慈善団体のメンバーでもある。

 ヴォーグは当初、記事に問題はないとの見解を表明し、記事を書いたジョアン・ジュリエット・バックも今年4月、米ナショナル・パブリック・ラジオの番組で次のように話した。「ヴォーグは美しいファーストレディーを常に探している。彼女たちは権力と美しさと優雅さを併せ持った存在だからだ。(アスマ夫人は)それまでインタビューを受けたことがないうえに極めて細身でおしゃれだったから、ヴォーグにふさわしかった」

 だがシリアの状況が残虐さを増すなか、ヴォーグもようやく方針を転換し、アスマの記事をウェブサイトから削除。アナ・ウィンター編集長はニューヨーク・タイムズ紙への声明の中で「この1年半の間にシリアでは深刻な事態が起きており、(アサド政権の)優先順位と価値観がヴォーグのそれと相容れないことが明らかになった」とコメントしている。

オバマもヒラリーも一時はアサドを擁護

 ワシントン・ポスト紙のジェニファー・ルービン記者に言わせれば、アサド夫妻のPR戦略にまんまと乗せられ、対応が後手に回ったのはメディアだけではない。「ワシントンのリベラルな外交専門家コミュニティーは、アサドが中東で建設的な役割を果たせるという幻想を長年いだいていた」と、ルービンは書いている。

「バラク・オバマ大統領は保守派の猛反対を受けながらも、アサドにへつらう姿勢を取った。ヒラリー・クリントン国務長官は犠牲者の数が増え続けても、アサドを『改革者』と呼び続けた」

 シリアはジャーナリストに対する弾圧でも悪名高い。ジャーナリスト保護委員会によれば、シリアでは昨年11月以降、13人の記者が殺害されている。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中