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欧州戦犯ムラディッチ拘束に怒るセルビア人
ボスニア内戦でムスリム虐殺を指揮したムラディッチだが、セルビア人は彼を英雄視する
号外発行 ムラジッチ拘束を伝える地元紙(ベオグラード、5月26日) Reuters
旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷から戦争犯罪などの罪で起訴され、逃亡していたセルビア人武装勢力指導者ラトコ・ムラディッチが拘束された。このニュースを受けて、セルビアの首都ベオグラードの中心部では若者が集まり、ムラディッチの拘束に怒りの声を上げた。
ボスニア内戦の終結から15年以上、NATO(北大西洋条約機構)軍による空爆でコソボ紛争が終結してから10年以上が経つが、バルカン半島の緊迫はまだ続いている。ムラディッチの拘束に対する市民の反応から、多くのセルビア人がまだ内戦の傷を抱えていること、そしてEU(欧州連合)加盟のために戦犯を引き渡すという条件に疑念を持っていることがうかがえる。
EU統合セルビア事務所のミリカ・デレビッチ所長によると、現在EU加盟を望んでいるセルビア国民は57%で、02年以来最低の割合だ。セルビア人は戦犯引き渡しを求めるEUの要求を恐喝と見ている。さらに国外旅行をするセルビア人が増えるにつれて、実際に見るEUが政治家が喧伝するような「バラ色の社会」とは異なると実感し始めた。
ムラディッチ拘束を受けて、セルビア語のネット上には怒りの声も書き込まれている。「セルビアは何も得られない」「セルビア人はこれから、特にボスニアで大きな圧力にさらされるだろう」
ロシア亡命説もあったが
ムラディッチの拘束は衝撃をもって受け止められた。ムラディッチは、ボスニア紛争時のセルビア人勢力の軍司令官だった男。セルビア人は政治的にも法的にも、彼には手が出せないだろうと思っていた。人々の間では、ムラディッチはロシアで強力な政治的保護の下に暮らしているか、あるいは既に死亡していると言われていた。
ムラディッチの故郷のボスニアの村では、彼のいとこが「拘束されるとは思わなかった。彼はセルビア人を守っただけだ」と、地元メディアに語っている。
ムラディッチ家の代理人によれば、彼の妻と息子は拘束に対してショックを受けているが、生存が確認でき安堵してもいるという。
戦犯法廷はムラディッチを虐殺や人道に反する罪、戦争犯罪で起訴している。ボスニア東部スレブレニツァでイスラム系住民8000人余りの殺害を指示したとされている。
ムラディッチが拘束されたのは、ベオグラードから北へ約65キロのラザレボ村。テレビで拘束を知っり怒った住民たちが、ムラディッチが住んでいたとされる家の外に集まり、テレビ局のクルーが使っていたケーブルを抜いたり記者たちを襲ったという。村には愛国心を鼓舞する曲が響き渡り、地元のセルビア正教会では司祭がムラディッチの無事を祈った。
ベオグラードでも街の中心部で若者のグループが愛国的な歌を歌うなどの現象がみられたため、セルビア警察は組織的な集会を禁止し、警備を強化した。
ある世論調査によれば、セルビア人の51%がムラディッチの身柄引き渡しに反対だった。フェースブックのセルビア国防相のページには、あるユーザーが「まるで自分が拘束されたようだ」と書き込んだ。「われわれは誰しも神の前では小さな存在だ」