新大統領が背負うルラ後継者の十字架
ルセフが目指す「第2のルラ」への道は険しい。軍事政権時代に労働組合の指導者として政界に入ったルラは、群衆に囲まれても絵になり、根回しが得意だ。
対照的に、ルセフは有能で厳格な監督タイプで、部下を叱り飛ばす短気な性格でも知られている。労働党では新参者で、公職に選出されるどころか立候補した経験さえなかった。時々覇気のない表情を見せ、遊説中は無防備な感じさえするときがあった。
大統領選では当初ルセフの苦戦が予想されたが、ルラは公示前から全国各地へ彼女を連れ歩き、公共事業の起工式にも出席した。ルセフの遊説にも同行し、彼女を自分の「後継者」として有権者に紹介した。
最大の対立候補である野党・ブラジル社会民主党のジョゼ・セラ前サンパウロ州知事は、ルセフに投票するのは「未開封の封筒」を選ぶようなものだと言った。当選して封を開けるまで、どんな人物か誰も知らないというわけだ。
カギは連立政権の操縦
実際、ルセフの政権運営の方向性は揺れている。大統領選の終盤で、ルラは人気取りのためバラマキ政策に転じ、公共支出は今後も大幅に増える。既に肥大化した政府をルセフがさらに大きくして、経済界の一部を優遇するかもしれないと危惧する見方もある。
9月に政府はルセフの肝煎りで、ペトロブラスの持ち株比率を39%から48%に増やした。ひと握りの企業と公共事業プロジェクトに、国立経済社会開発銀行(BNDES)を通して多額の補助金がつぎ込まれている。
ルセフは選挙戦中に、低インフレを維持して黒字財政を継続し、政府の自由裁量による支出を抑制すると主張。慎重な側面も印象付けようとした。
とはいえ、ブラジル大統領として成功するカギは、具体的な公約より厄介な連立政権を掌握できるかどうかだ。ルラは連立政権内の対立を巧みに操った。保守派を議会の主要ポストに就け、財政強硬派を中央銀行に置きながら、有力閣僚には左派の盟友を指名した。
ルセフはルラを見習えるだろうか。予兆と言えそうなのは彼女の側近に、市場経済派のアントニオ・パロシ前財務相と大きな政府を提唱するルシアノ・コウチーニョBNDES総裁がいることだ。
「ルセフ政権は、対野党ではなく連立与党内で深刻な衝突が起こるだろう」と、政治学者のアルベルト・カルロス・アルメイダは予想する。既にルセフ政権の誕生を前提に、主導権争いが始まっている。
野心あふれるブラジルには統率力のある指導者が必要だ。やりかけの改革は山積みで、年金制度は毎年240億㌦の赤字を垂れ流し、企業も国民も新興諸国の中でとりわけ高い税金を払っている。
これらの難題も、退陣を前に自分の後継者を当選させることに心血を注いできたルラにとっては、些細なことにすぎなかったかもしれない。しかし前途を見詰めるルセフにしてみれば、当選までの苦労はまるで遊びみたいなものに思えるだろう。
[2010年10月13日号掲載]