最新記事

マルチメディア

電子本が切り開く文学の未来

書籍のデジタル化は小説の「形と中身」をどう変えるのか

2010年9月14日(火)14時23分
マルコム・ジョーンズ(書評担当)

 新しいテクノロジーの発明が後世にもたらす影響を予測することは、発明そのものより難しい。特に芸術の分野ではそうだ。

 絵の具をチューブに詰められるようになったおかげで、画家はアトリエから解放され、結果的に印象派の隆盛を決定づけた。小型の携帯用カメラの発明は、アンリ・カルティエ・ブレッソンのような報道写真家が「決定的瞬間」を捉えるのを可能にした。

 音楽のデジタル化はCDだけでなくアルバムという概念にも死をもたらし、シングルがポップ音楽の主役に返り咲いた。だが、最初からそれを予見できた人は誰もいなかった。

 そしてDVDだ。その機能の大半はもともとレーザーディスクを開発するなかで生まれたので、DVDの起源はレーザーディスクにあると言ってもいい。

 特にコメント用トラックというアイデアがレーザーディスクから生まれたのは大きな出来事だった。私に言わせれば、消音(ミュート)ボタンの発明に次ぐ現代の偉大な技術革新の1つだ。そしてレーザーディスクよりもはるかに広く普及したDVDは、この機能を当たり前にした。

 今では監督の自作解説や俳優、プロデューサー、脚本家、批評家の話を入れられるコメント用トラックは普通の機能と思われているが、それは大きな間違いだ。

 私たちはこの機能のおかげで、『ゴスフォード・パーク』(01年)を見ながら監督のロバート・アルトマンが自作について語るのを聞けるようになった。あるいは『北北西に進路を取れ』(59年)を観賞しながら脚本家のアーネスト・レーマンの議論に耳を傾け、黒澤明の『七人の侍』(54年)を楽しみながら日本映画研究家マイケル・ジェックの非常に有益で示唆に富んだ批評を味わうことができるようになった。

 30年前には、こんなことが可能になるとは誰も思わなかった。映画の進歩とは呼べないだろうが、映画の楽しみ方は確実に増えた。

 書籍のデジタル化が進む今、出版社は紙の書籍の内容を補い、さらに充実させる方法を必死で探している。現時点ではDVDの特典メニューをまねる程度のものだが、今後は確実に変わっていくはずだ。

未知の複合芸術の可能性

 例えばウィリアム・フォークナーの『響きと怒り』のデジタル化を考えてみよう。電子本のコメント用トラックに作者自身の解説を追加するのも、アイデアとしては悪くない。だが個人的にもっと興味があるのは、フォークナーなら小説にどんなマルチメディア的アプローチを用いたかという点だ。

 フォークナーは『響きと怒り』の第1章「ベンジー」の原稿を書く際に、異なる時間帯を表現するために別々の色のインクを使用した(しかし、出版社はコストが掛かるという理由でこの案を却下。異なる色のインクで書かれた原稿は行方不明になり、今も古書収集家が必死に捜している)。

 同じように現在12〜15歳の作家の卵がどこかにいて、20年後に部分的には書物で、部分的には映像や交響曲でもある作品──まだ見たこともない複合芸術を生み出すかもしれない。

 近い将来を考えても、音楽関連の書籍のデジタル版に文章と関連した曲が収録される可能性は十分ある。エドガー・アラン・ポーが1837年に発表した『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』のデジタル版には、当時の南極のイメージを表現したリトグラフのオンライン・ギャラリーを加えるのはどうだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中