最新記事

イギリス

MI6スパイ変死事件の解けない謎

死因すら特定できず分かっているのは人物像だけ。通信傍受機関で働く数学の天才に何が起きたのか

2010年9月9日(木)17時41分
マーク・ホーゼンボール(ワシントン支局)

アジト? ウィリアムズが変死体で発見されたMI6本部近くのアパート(8月25日) Toby Melville-Reuters

 ロンドン警視庁は6日、政府通信本部(GCHQ)の職員ギャレス・ウィリアムズ(31)の変死に関する声明を発表した。だがこれを読む限り、死体の状況は分かってもその原因についてはさっぱり見えてこない。

 イギリス、アメリカ両国の政府関係者によれば、今の時点でウィリアムズの遺体が見つかった奇妙な状況を説明するに足る情報はつかんでいないという。遺体は8月23日、過去1年の間出向していたMI6(英国情報部国外部門)の本部からそう離れていないアパートで見つかった。ちなみにGCHQは通信傍受システム「エシュロン」をイギリスで管轄する機関で、彼はつい最近まで1年間、MI6に出向していた。

 発見現場のアパートはMI6から1キロ弱離れた高級住宅地ピムリコにあり、イギリス国内の報道によれば、MI6の「アジト」だった可能性がある。ロンドン警視庁の声明によればウィリアムズは「服を着ていない状態で...遺体は空っぽの浴槽に置かれた大型の赤いスポーツバッグに入れられ、ファスナーは閉められ南京錠がかけられていた」という。

 声明によるとアパートに誰かが押し入った形跡はない。「内部で争った形跡もなく、部屋から持ち去られた物はないと思われる。物の置き場所がわざと動かされた形跡もない。薬物そのものも、薬物を使用した痕跡も一切見つからなかった」

憶測ばかりが乱れ飛ぶが......

 25日に行われた死体解剖でも「明確な死因は分からなかった」という。アパートや遺体から採取したサンプルを使った科学捜査が続いているが、「今の時点では毒物検査でアルコールは検出されず、常習的にであれ一時の気晴らしのためであれ、薬物の使用を示す結果も出なかった」という。

 声明によれば、「以前から予定されていた休暇でアメリカに」出かけていたウィリアムズは8月11日にロンドンに戻ってきたことが確認されている。ロンドン各地に設置されている監視カメラの映像には、帰国後に有名なロンドンの商業地区で買い物をするウィリアムズの姿が捉えられている。

 警察は6月か7月の夜遅く、ウィリアムズのアパートを訪れた男女2人組の身元を追っており、市民からの情報を求めている。2人組は「共用の表玄関」からアパート内部に入っており年齢は20〜30歳。どちらも「地中海地方出身のような外見」だったというが、声明ではこれ以上の手がかりは提示されていないし、2人とウィリアムズとの関係を示す証拠も示されてはいない。

 地元イギリスの報道では事件についてさまざまな憶測が飛び交っている。例えばロンドンで最も過激なタブロイド紙の一つであるデイリー・メール紙は、事件現場のアパートに侵入した人物はイスラム過激派だ、いや北アイルランドのテロリストだ、いやロシアのスパイだといった相矛盾する仮説を次々と展開。ウィリアムズの私生活に何らかの関係があるのではとの説も飛び出した。

 すらっとした体型のウィリアムズが体にフィットした自転車レースのユニフォームを着ている写真があちこちのメディアに登場するや、事件とロンドンのゲイ社会とのつながりを疑う声も出た。もっとも遺族はウィリアムズは同性愛者ではなかったと主張している。

CIAは捜査していないのか

 事件をめぐってはっきりしている事実といえば、ウィリアムズの基本的な人物像くらいのものだ。ほとんどの人が彼のことを、自転車を愛する若き数学のエキスパートだったと口を揃える。彼はGCHQの正規職員だったが1年の期限付きでMI6に出向中で、まもなく古巣に戻るはずだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中