イラン核問題は新興国に任せて?
トルコとブラジルの仲介で事態は急展開──アメリカが絶大な影響力を誇る時代は終わった
トルコとブラジルが思わぬ外交得点を挙げた。両国の説得で5月17日、イランが低濃縮ウランの一部国外搬出に合意。膠着状態にあるイランの核問題解決に向けた突破口となる可能性もなくはない。 このトルコとブラジルの動きは、ジョージ・W・ブッシュ時代の善悪二元論の世界観では蚊帳の外に置かれていた国々が影響力を強めていることの表れだ。
今回合意された内容では、イランは保有する低濃縮ウランの半分強に当たる1・2トンをトルコに搬送し、イラン国外で医療用に加工されたウラン燃料と交換するという。放射線治療などの医療目的や原子力発電のためといった「平和的開発」を口実に、イラン政府は尋常ではない量のウラン濃縮を行ってきた。
もちろん、この口実をうのみにする者はほとんどいない。ヒラリー・クリントン米国務長官は
5月18日、上院外交委員会で、国連安全保障理事会常任理事国5カ国が対イラン追加制裁の米草案に同意したと発表。さらなる制裁を求める米政府の方針に変わりがないことを強調した。
国際原子力機関(IAEA)も既にイランに対する信頼を失っている。これまでに幾度となく秘密核施設を発見し、常識的に考えれば核兵器製造のためとしか思えない動きもつかんできた。しかし確固たる証拠(核弾頭開発計画を示す文書など)がない以上、IAEAや欧米諸国は何も証明できない。
どのみち、イラクの大量破壊兵器問題で演じた大失態を思えば、IAEAの主張を信じる者が世界にどれほどいるか。さらにアメリカ(とイスラエル)に対する信用もゼロ。これでイランの嘘八百も煙にまかれてしまっている。
トルコ・ブラジル案によって、イランの低濃縮ウランの52%を国外に搬送しても問題は解決しない。残りの48%を核兵器の製造に必要な純度85%以上に濃縮するという可能性があるからだ。
IAEA案より甘い合意
今回の合意そのものよりも重要なのは、トルコとブラジルの大胆さだ。トルコはNATO(北大西洋条約機構)の一員で、インジルリク空軍基地は今もイラク駐留軍を後方支援する重要な拠点だ。しかしトルコは米政府とのかつての緊密な同盟関係から大きく距離を取り始めている。イスラム穏健派が政権を握るトルコ政府はEU(欧州連合)加盟の夢を捨ててはいないが、近年は中東諸国や中央アジアとの関係を優先している。
トルコは好調な経済を背景にシリアやイラン、遠くはベネズエラや中国に至るまで関係を強化。こうしたトルコの欧米離れに米政府は不安を募らせる。イラク戦争が開戦した03年、トルコ政府が米陸軍によるトルコ領内からのイラク攻撃を拒んでから両国関係は何年もこじれたが、オバマ政権でも昔の関係に戻ることはないだろう。
ブラジルは一見、米政府と極めて良好な関係にあるが、実際はルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領が難しい綱渡りをうまくこなしている。ベネズエラのウゴ・チャベス大統領と親しくして南米諸国の機嫌を取ったかと思えば、アメリカのヘッジファンドやエネルギー関連の投資家にいい顔を見せることも忘れない。
今回の合意に対する米政府の態度は冷ややかだった。国務省はトルコ・ブラジル案を歓迎しつつも、昨年10月にIAEAが提示した同様の国外搬出案(イランは一旦受け入れたが、後に撤回)から後退していると評した。
低濃縮ウランをトルコに移送して加工済み核燃料と「交換」するトルコ・ブラジル案に対し、IAEA案は、フランスかロシアに搬出したイランの低濃縮ウランそのものを再濃縮・燃料加工してイランに「戻す」というもの。IAEA案のほうが制約が厳しく、リスクも少ないとみられている。