最新記事

国連

事なかれ主義の潘基文が怒った!

常に中立だった潘国連事務総長が、韓国哨戒艦沈没事件では感情むき出しで祖国に肩入れ

2010年5月26日(水)16時43分
マーク・リオン・ゴールドバーグ(国連財団専属ブロガー)

異例の訴え 潘は北朝鮮に対する制裁さえ求めたが、安保理メンバーの立場はいろいろ(写真は5月3日) Chip East-Reuters

 原則として、国連事務総長は国連安全保障理事会の顔を立てるもの。さらに言えば、国連を代表する立場から、母国との個人的なつながりを示すことも慎まなければならない。少なくとも建前上はそうなっている。だが5月24日、国連で驚愕すべき事態が起こった。潘基文(バン・キムン)事務総長が、この大原則に反して個人の感情をあらわにしたのだ。

 韓国出身の潘は記者会見で、韓国海軍哨戒艦が北朝鮮の魚雷攻撃で沈没した事件について、安保理が北朝鮮に対して非難声明、あるいは制裁措置にまで踏み込むべきだと発言した。

 彼の発言は表面上は外交に配慮した形式的なものだった。「国際的な平和、安全の維持という責務を全うする立場において、安保理が適切な措置をとることを信じている」という言葉で潘は表現した。それでもメッセージは明らかだ。潘の会見に先立ち、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領がすでに北朝鮮の攻撃で46人の死者を出したこの事件について、安保理に問題を提起する方針を示していた。

「対話で解決」が従来の姿勢

 これまでの潘の極めて慎重だった外交姿勢から考えると大きな方向転換だ。09年7月に中国の新疆ウイグル自治区で騒乱が発生したとき、潘はいつものように控えめな態度だった。「国内外での意見の対立は、対話によって平和裏に解決されるべきだ」と彼は言った

 コソボがセルビアからの独立を宣言した08年2月にも(アメリカは独立を承認し、ロシアは認めなかった)、潘は双方に配慮する中立姿勢を崩さなかった。「コソボや周辺地域での紛争や不安定化につながる可能性のある言動を避けて対応する」ようすべての当事者に強く求めたと、安保理で潘は述べている

 しかし今回の北朝鮮の件では、潘は迷うことなく韓国政府側に回った。安保理メンバーのアメリカや日本なども韓国支持を表明している。問題は、すべての理事国から同意を得られているわけではないということだ。中国は北朝鮮に対する国連決議はもちろんのこと、北朝鮮を非難することさえ強硬に反対した。

 私情をはさむことなく中立に徹してきた潘が、なぜ今回は一方の肩をもったのか。06年に国連事務総長に当選する以前の潘は、韓国で外交官を務め、04年には外交通商部長官(外務大臣)に任命された。彼は南北の外交問題に深く携わり続けた。90年代初めには交渉を主導して朝鮮半島の非核化に関する共同宣言の実現を後押し。05年には、朝鮮半島の緊張を和らげるべく、6者協議に韓国代表として出席した。

常任理事国に逆らえない事務総長

 暗黙の了解として、国連事務総長は安保理常任理事国との対立を避ける場合が多い。事務総長という立場には社会的地位があるものの、実権を握るのは国連加盟国、とりわけ常任理事国メンバーだ。潘が国連で何らかの決定を下したいと思ったら(特に気候変動問題など)、常任理事国の重要国の機嫌をとり、丸め込まなければならない。彼らなしには話が進まないのだ。

 中国のような大国に逆らうことは、職務上のリスクもはらむ。潘の任期は2011年に終了する。常任理事国5カ国のうち1国でも拒否権を発動すれば、再任は果たせない。

 潘は、北朝鮮に対する強い非難の裏に個人的な感情があることを隠さなかった。「(韓国への)強い情と責任を感じている。事務総長として、朝鮮半島で起こっていることは何より心が痛む出来事だ――あれは私の祖国だ」

 情というものは、時に政治すら超越するということなのだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中