タイ動乱は「内戦」に発展するか
ルワンダのような惨劇に至る確率は低いと専門家は言うが、これが内戦でないのなら一体何と呼べばいいのか
怒りに燃えて 落書きされたアピシット首相の肖像画の前で抗議運動を展開する赤シャツ隊(4月25日) Sukree Sukplang-Reuters
バンコク市内にある人気カフェチェーン「オーボンパン」の外で、数百人のタイ人が敵にヤジを飛ばしている。彼らが憎しみをぶつけるのは、混雑する大通りと、竹と古タイヤで作られた防護壁を越えた先──現政権の退陣を求める「赤シャツ隊」の野営地だ。田舎者を指す「水牛」と「オオトカゲ」の意のタイ語を連呼するのは、農村出身者が多い赤シャツ隊を侮辱するためだ。
一方、反対陣営では、赤シャツ姿の男たちが竹の防護壁の隙間から敵の様子を伺い、安いタバコを吸い、木製の棒を握りしめて悪態をついている。
これが、政治的に分断されたタイの現状だ。貧しい「庶民」が集まる赤シャツ隊と、社会の上層部が多い政府支持派の対立はあまりに根深く、タイのメディアや国会議員、学者らの間では内戦への恐怖が公然と語られている。
タイ社会が内戦勃発を恐れるのはなぜか。それは、何年も続いてきた抗議運動がここにきて一段と深刻なレベルに達しており、解決は程遠いと誰もが認めているからだ。
アピシット政権の転覆を望む赤シャツ隊の抗議運動によって、この6週間で26人が死亡し、900人ほどが負傷した。赤シャツ姿の反政府集団は、都市部のエリート層を優遇する「ダブルスタンダード」のせいで自分たちが冷遇されていると感じている労働者階級の心をとらえ、新興企業や軍の強硬派も取り込んでいる。赤シャツ隊を背後で支えるのは、2006年のクーデターで失脚して亡命したタクシン・シナワット元首相だ。
対立が長引くなか、バンコクでは銀行や省庁ビルのような象徴的な建物を標的に、擲弾銃「M79グレネードランチャー」による不可解な攻撃が相次いでいる。4月22日には、鉄道駅付近に集まった政府支持者などを狙った連続爆発事件が勃発。女性1人が死亡し、75人以上が負傷した。
「奴らは殺人者だ。無実の人を殺す行為にうんざりしている」と語るのは、爆発を目撃した31歳のサラリーマン、プラチープ・サリー。彼はアピシット首相の支持者で、赤シャツ隊の弾圧を求める集会に集まった多くのバンコク市民の1人だ。
内戦の恐怖をあおっているのは政府自身
タイの内戦への注意を喚起するため、中央アフリカのルワンダでの残忍な内戦を描いたハリウッド映画『ホテル・ルワンダ』の公開上映を求める民間団体さえある。主要テレビ局TPBSは先週、『ホテル・ルワンダ』の一部シーンを放映し、バンコクでの爆発事件の映像を追悼の合唱曲にのせてスローモーションで流した。
タイ語の地元紙コム・チャド・ルックによれば、内戦に発展する可能性を判断するために国会が召集されたという。さらに証券大手のキムエン証券が顧客に「全面的な内戦」について警告を発したのを受けて、タイの株式市場は2%急落した。
本当に内戦が勃発するのか。専門家は、可能性は低いだろうという。
学術的には、内戦とは年間1000人以上の死者を出し、強者側の犠牲者が全体の5%以上を占めるような紛争を指すとされる。タイでそれほど大規模な衝突が発生する可能性は「かなり低い」ままだと、国立シンガポール大学の政治学者フェデリコ・フェラーラは言う。「両陣営が相手におおっぴらに戦争行為を仕掛ける確率は極めて低い」
だが、赤シャツ隊と軍の衝突や、政府支持派のデモ隊との対立が続けば、さらなる流血の事態が発生する可能性は十分にある。「両陣営の武力を考慮すれば、大量の犠牲者が出るリスクは確実にある」と、フェラーラは指摘する。
国民の間に広がる内戦への不安はただのヒステリーではないと、ノースカロライナ大学カロライナ・アジアセンターのケビン・ヒュイソン所長も言う。彼に言わせれば、内戦への恐怖を呼び覚ましているのは政府自身だ。政府は、赤シャツ隊がタイの諸制度を、流血を伴う革命で転覆させようとしている警告している。