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イランの天敵はモサドの鬼長官

イスラエルの情報機関モサドを率いるメイル・ダガンは特殊部隊出身の武闘派。核武装阻止のためなら手段を選ばない

2010年2月8日(月)16時38分
ロネン・ベルグマン(ジャーナリスト)

憎悪の的 ダガン(左)とエフド・バラク国防相の額に銃の照準を入れたイランのポスター(08年、テヘラン) Morteza Nikoubazl-Reuters

 イスラエルの治安機関のトップはタフな人物ぞろいだが、なかでもメイル・ダガン(64)は攻撃的な性格で有名だ。軍の新兵時代は休憩時間に基地内をうろつき回り、木や電柱を標的にしてナイフ投げの練習をしていたという。特殊部隊の隊員としてパレスチナのガザに派遣された若き日には、安全装置を外した手榴弾を敵の兵士から奪い取って名を上げた。

 力による問題解決を好む傾向は軍を退役した後も変わらなかった。テロ組織の資金の流れを調べる特別チームの責任者だった01年、ヨーロッパのある銀行がイランからパレスチナのイスラム原理主義組織ハマスへの送金に使われているという報告を会議で受けたときのこと。この会議の出席者によると、ダガンは情報機関の担当者にその銀行を「焼き払え!」と命令したという(本人はこの件についてコメントを拒否)。

 その後間もなく、ダガンは対外情報機関モサドの長官に任命され、ほころびが目立っていた組織の立て直しを任された。それから7年余り、現在のダガンはイスラエルで最も大きな影響力を持つスパイの元締めだ。政府首脳もこの男の戦略的助言を当てにしている。

 もっともイスラエル国内には、ダガンの巨大な影響力が生み出したマイナス面を指摘する声もある。イランを国家安全保障上の最大の脅威と見なすダガンの指示で、モサドの工作活動はほぼイランのみを対象にするようになった。

ネタニヤフの信頼も厚く

 一方、アメリカのオバマ政権の目標はイランを国際社会との対話に引き入れ、イスラエルにパレスチナ自治政府との交渉を促すことだ。そのため米政府とイランを目の敵にするイスラエル政府との間に軋轢が生じている。

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、外交を通じてイランの核開発を阻止しようとする試みを支持すると表明している(交渉が進展しない場合は厳しい制裁を科すという条件付き)。それでも、イスラエルが単独でイランへの攻撃に踏み切る可能性は依然として残っている。

 イスラエルの攻撃が単なる可能性にとどまっている間は、アメリカがイランとの交渉を有利に運ぶための材料になるかもしれない。だが実際にイランが攻撃されれば、中東と南アジアの米軍が報復の標的にされる恐れは十分にある。

 ダガン本人は、早期のイラン攻撃を主張しているわけではない。先日もイランが核ミサイルを発射可能になる時期の推定を従来より先に延ばし、2014年に変更している。それでもイランに徹底してこだわる姿勢が、ネタニヤフのタカ派路線を後押ししていることは間違いない。

 現在のダガンは、イスラエル最大の権力者の1人だ。予算削減のあおりを受けて弱体化していたモサドが組織の立て直しに成功したのは、当時のアリエル・シャロン首相から長官に起用されたダガンの功績が大きい。

 近年のモサドが挙げたとされる大きな「成果」は2つある。1つは08年2月、レバノンのシーア派組織ヒズボラの幹部イマド・ムグニアをシリアの首都ダマスカスで暗殺したこと。もう1つはシリアの核施設に関する重要な情報の入手だ(この情報は同年9月、イスラエル軍によるシリアへの空爆につながった)。今年9月、イランのコム近郊で新たなウラン濃縮施設の存在が明らかになったのも、どうやらモサドの手柄らしい。

 ネタニヤフは時々、自分のほうからダガンのオフィスに出向き、状況説明を受けているという(首相のスポークスマンはこの件についてコメントを拒否した)。この種の「特別な関係」は、他のイスラエル情報機関の幹部たちをいら立たせている。

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