最新記事

環境経済

温暖化コストはハウマッチ?

2010年1月7日(木)16時00分
バレット・シェリダン(本誌記者)

 CO2排出のダメージ予測も、割引率をいくらに設定したかによって変わってくる。「200年という長期の場合、割引率をゼロにするか3%にするかの違いがとてつもない相違を生む」と、ノードハウスは指摘する。

 裏を返せば、コスト予測の結果はたった1つの数字をいじるだけで好きなように変えられる。おかげでこの便利な数字は、政治の道具に変貌している。

 06年のスターン・レビューでは割引率を0.1%に設定しているが、多くの専門家に言わせれば、これはあまりに低過ぎる。この数字のとおりなら、私たちは遠い未来に生まれるかもしれない孫の孫の生活を、わが子の将来と同じくらい気に掛けていることになる。

 スターン・レビューは、トルの言葉を借りれば「疑似科学の誇張の最たるもの」。スターンは科学ではなく、環境問題を重視するトニー・ブレア英首相(当時)の意向に基づいて割引率を決めたという批判の声も上がっている。

 意図的に数字を選んでいる点では、反対陣営も変わらない。自称「懐疑的環境保護主義者」であるデンマークの統計学者ビョルン・ロンボルグが率いるシンクタンクは、複数の著名な気候変動専門家に温暖化コストの算定を委託。その1つを手掛けたある研究チームは、割引率を5%に設定した。

現在と未来の相対的価値で決まる

 5%にしたのは「(抜本的な気候変動対策に異を唱える)ビョルンの要請だった」と、チームに参加した米ウェスリアン大学のゲーリー・ヨー教授(経済学)は言う。「長期的予測において、5%とは許容範囲内の最大限の数字だ」

 ある意味で、割引率の選択は価値判断にほかならない。低い数字を選ぶ者は現在より未来のほうが価値があると主張し、大金を使ってCO2排出削減に取り組むべきだと言う。スターンは、炭素の社会的費用(彼によれば1トン当たり314ドル)を相殺するため、国際社会は年間GDPの2%または年間1兆2000億ドルを支出するべきだとしている。

 現在、各国政府が導入を検討する炭素税は1トン当たり10〜40ドルであり、スターンが唱える社会的費用の額よりはるかに低い。それでもこの数字を適当だと支持する専門家は多い。実際、その気になれば、どんな数字でも見つかる。炭素の社会的費用は1トン当たり0ドルとも2400ドルとも言われているのが現状だ。

 CO2排出削減戦略の決め手になるのは科学でも経済でもない。ものをいうのは政治だ。

[2009年12月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中