最新記事

イギリス

出口の見えない第2の「英国病」

2009年9月10日(木)16時27分
ストライカー・マグワイヤー(ロンドン支局長)

金融分野での独走が招いた惨事

 シティーがウォール街を追い抜くまでになったのは、ヘッジファンドやデリバティブ(金融派生商品)といった急成長分野を独壇場にしたからだ。だが不運にも、こうした分野は金融危機で最も大きな痛手を受けた。

 今ではウォール街と同じくシティーも国家や地域、グローバル規模で規制強化の波を受けており、その役割は縮小するだろう。

 EU(欧州連合)は既に、金融危機の再発防止を目的とする欧州システムリスク評議会(ESRB)の創設で合意した。その監督権限はシティーにも及ぶ。イギリスはユーロ圏に属さず、ESRB議長の任命権を持つ欧州中央銀行(ECB)のメンバーでもないにもかかわらず、だ。

 かつてのイギリスならこうした「介入」は許さなかった。だが、今回は別だ。ドイツやフランスはアングロサクソン型資本主義の行き過ぎを抑制しようと心に決めているらしい。より慎重なヨーロッパ大陸各国により多くのグローバル資金の流れを引き込むための改革を進める可能性がある。

 金融危機が終息した後は、シティーもウォール街もヨーロッパやアジアの新興金融市場との競合に直面し、以前のような独走状態を続けることはできないだろう。新しい金融秩序が支配する世界では、自由放任主義の代名詞だったシティーはウォール街より高い代償を支払うことになりそうだ。

 80年代に実施された金融自由化策「ビッグバン(大爆発)」でイギリスの金融業界に対する規制は大幅に緩和された。以来アメリカの場合とは異なり、法律ではなく慣行が業界の「おきて」になった。

 EUの規制の対象にシティーが加わり、イギリスで規制が僅かながらでも強化されれば、シティーは「金融機関にとって敵対的な場所になる」かもしれないと、金融革新研究センター(ロンドン)のアンドルー・ヒルトンは言う。そうなれば、シンガポールや香港がシティーから顧客を奪う事態になりかねない。

ブレアの「新しいイギリス」も死語に

 帝国の残りかすが燃え尽きようとしているのは歴史の必然だ。予想外の金融危機と世界的な不況で衰退は加速したが、中国やインドの台頭も対米関係の変化もかなり前から起きていた。

 アメリカが新興国との関係構築に努め、中国には財務長官まで派遣して米国債投資の安全性をアピールするなか、イギリスは特別扱いされないわびしさをかみ締めている。労働党政権時代が末期を迎えた今、この国を支配しているのは憂鬱と不満だ。

 ブレアは首相就任から1年後、アイルランドの首都ダブリンでこう演説した。イギリスは「ポスト大英帝国の病から復活」を遂げている、と。当時はイギリス国民にとって最良の時だった。「ニューレーバー(新しい労働党)」「新しいイギリス」という言葉はまだ死語ではなかった。

 首相がブレアからブラウンに交代して2年が過ぎた今、労働党政権は12年に及ぶ長期政権になり、ブラウンには「見飽きた感」が付きまとう。議員手当の不正使用をめぐるスキャンダルは政治と政治家への軽蔑に拍車を掛けた。

 次のイギリス首相には同情を禁じ得ない。次の総選挙で保守党が勝利しても、12年前にブレア率いる労働党が政権を奪取したときの高揚感、すべてが変わるという感覚はよみがえらないだろう。

 あのとき、国民はブレアの言葉に現実味を感じたからこそブレアの言葉を信じた。当時のイギリスは前代未聞の長さに及ぶ好況期に突入し、移民の活力でにぎわい、起業ブームに沸いていた。だが今や、すべてが消え去った。

 次の首相(だけでなく、恐らくその次の首相も)には大きな試練が待っている。イギリスという存在を定義し直すだけでなく、かつてのイギリス精神を新たな形で取り戻さなければならない。

[2009年8月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中