EUを揺るがすマケドニア国名論争
EUとNATOの東方拡大を目指すアメリカと西欧諸国だが、国名をめぐるマケドニア旧ユーゴスラビア共和国とギリシャの対立が足かせになりかねない
誇りをかけて 国名変更に反対して首都スコピエの街頭で抗議デモを行う市民(08年3月) Ognen Teofilovski-Reuters
EU(欧州連合)は、加入希望者が長い行列を作る人気クラブだ。ドアの前にはクロアチア、モンテネグロ、セルビア、アルバニア、トルコなどがずらりと並ぶ。しかし、バルカン半島のある国に限っては、加盟に向けた最大の問題は入口で正しいIDを示せるかどうかだ。
ブッシュ前政権の間に、旧共産圏の7カ国がNATO(北大西洋条約機構)とEUへの加盟を果たした。しかし、FYROM(マケドニア旧ユーゴスラビア共和国)のNATO加盟は昨年、ギリシャ政府の反対によって阻止された。ギリシャはEU加盟にも反対する構えだ。原因はすべて――名前にある。
FYROMという不恰好な頭文字を嫌がったのか、同国は紀元前4世紀にギリシャ全土を征服したアレクサンダー大王の帝国「マケドニア」の名前で加盟を申請した。しかし問題は、ギリシャ北部にも「マケドニア」という地域があること。ギリシャは、FYROMに拡大政策の野心があるのではないかと懸念している。
アメリカはロシアの勢力圏を縮小させるため、NATOの東方拡大を支持する姿勢を示している。アメリカにとって、FYROMは名前の問題があろうと、格好の加盟国候補といえるだろう。
オバマ政権は、頑固に「マケドニア人」を支持したブッシュ政権の政策を見直し、同国にNATO加盟実現に向けて必要な妥協案を受け入れるよう説得すべきだ。
しかし、それは簡単なことではない。FYROMが旧ユーゴ時代を彷彿させる国名をよく思っていないのは当然だ。首都スコピエでは、「私をFYROMと呼ばないで!」と書かれた車用のステッカーが人気だ。
ギリシャの一部も自国の領土?
強大な隣国に囲まれたこの国は、90年代には国家としての存続すら疑問視されていた。アルバニア系、トルコ系、ギリシャ系など多様な民族が小さな国土にひしめいている。この不安定な国家が、自らの歴史の中で最も古く、誇れる存在であるアレクサンダー大王に固執したとしても不思議ではない。
FYROM最大の少数民族であるアルバニア系住民は、EUとNATOへの加盟を心から望んでいる。加盟が実現すれば経済効果だけでなく、同じバルカン半島のアルバニア共和国の人々との関係も強化できるだろう。
彼らは、多数派であるスラブ系住民の間で高まる「アレクサンダー熱」に苛立ちを募らせている。スラブ系住民は、国民のアイデンティティーを「マケドニア人」に集約しようとしている。
さらに問題なのは、「マケドニア人」向けの教科書に掲載されている地図だ。そこでは先祖の代から所有していたもともとの国土を、現在のギリシャやアルバニアなどに大きく食い込む形で描き、ギリシャ北部の中心都市セサロニキは占領された土地だと説明している。ギリシャが懸念しているのは、こうした領土回復主義的な主張だ。
国連の仲介者は、いくつもの国名の代案をFYROMに提案している。ギリシャも最近になって、「北マケドニア共和国」なら許容できることを示唆した。しかしこの名前だと、ギリシャに「南マケドニア」があるような印象を与えてしまう。南北朝鮮とは違い、これは言語学的にも民族的にも正しくない。