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イラン大統領選を左右するカリスマ女性
12日投票の大統領選挙で候補者の夫以上に注目を集めるラフナバルは、イラン社会が男女平等を実現するきっかけになるかもしれない
イランのミシェル? テヘランの選挙集会で夫への支持を訴えるラフナバル(6月9日) Ahmed Jadallah-Reuters
屈強な男たちの一団が演説者をステージに導くと、若いイラン人の群集から大きな歓声がわき上がる。男たちの後ろから現れたのは、12日に投票を控えるイラン大統領選挙の候補者ではなく、候補者の1人ミルホセイン・ムサビ元首相の妻であるザフラ・ラフナバルだった。
「なぜ彼らは女性を家に閉じ込めたがるのか?」と、黒いチャドル(イスラム教徒の女性が着る伝統的な黒い衣装)を身にまとい、赤い花柄のスカーフ姿を巻いたラフナバルは叫んだ。「この国には女性の自由が必要だ!」。テヘラン北部の集会に集まった群衆も叫び返す。「ラフナバル! ラフナバル! 女性と男性の平等を!」
女性票は、イランが共和国となってから最も激しい今回の大統領選の鍵を握っている。教養があり、洗練された女性でありながら伝統も重視するラフナバルは、選挙民の約半分を占める女性有権者を象徴する存在だ。
女性有権者はこれまでの大統領選挙でも大きな役割を演じてきた。モハマド・ハタミが勝利した97年の選挙がそうだった。しかし候補者が熱心に、そしておおっぴらに彼女たちに支持を呼びかけることはまれだった。「すべての候補者が女性票を争っている」と、元国会議員でイランで最も有名な女性政治家の一人、エラヒ・クレイは言う。
ラフナバルは夫の遊説にほぼすべて同行し、何度も変革を訴える演説をした。一部からは「イランのミシェル・オバマ」とも呼ばれ始めている。この表現は正確ではないが、3児の母でもある彼女は選挙戦で多くのタブーを打ち破り、女性の注目を集めてきた。
アハマディネジャドにも脅威に
とはいえ彼女はイラン政界の新参者ではない。彼女は王政を打破する79年のイスラム革命に積極的に参加し、イスラム教と女性の人権を論じた有名な作家でもある。さらに美術の修士号と政治学の博士号を取得し、90年代後半にはテヘランのアルザフラー大学の学長にも選ばれた。同じ頃にはハタミの政治顧問も務めていた。
彼女は夫のムサビ以上にカリスマ的な弁士だ。最近のテヘランの選挙集会では、群集はラフナバルの演説中は感情を抑えきれない様子だったが、ムサビへの反応はおざなりだった。「ラフナバルは選挙前から非常に有名だった」と、テヘランの政治アナリスト、イサ・サハルヒズは言う。「おそらくムサビ以上だ」
候補者の妻は伝統的に、選挙戦で姿を見せたり演説することはなかった。だがラフナバルがその伝統を一新すると、ライバル候補者たちもすぐにその重要性に気付き始めた。モーセン・レザイは選挙戦の候補者登録に妻を連れて現れ、メフディ・カルビも妻の政治活動に注目を集めようと試みた。
再選を狙うマフムード・アハマディネジャド大統領も彼女を脅威と見なしているようだ。6月3日におこなわれたムサビとのテレビ討論では、ラフナバルの学位に疑問を投げかけた。
だがこれは逆効果だった。多くの国民は卑劣だと感じ、ムサビの支持者は集会で次のように唱えるようになった。「アハマディは困ったら個人生活までもちだす男だ」。ラフナバルも謝罪がなければ告訴すると警告している。
「自由がほしい。人権がほしい」
彼女が社会的に注目を集めたのは、イランにおける女性の人権後退が語られ始めた時期と一致している。アハマディネジャドが政権に就いて以降、何人もの女性人権活動家が投獄され、イスラムの教義に則った女性の服装を監視する風紀警察が見回りを強化した。
「アハマディネジャドはこの4年の間、女性を再び家に押し戻そうとし続けた」と、元議員のクレイは言う。多くの女性は制限や制約に苛立ちを感じていた。
「風紀警察の見回りはやめてほしい」と、今週初めにラフナバルの集会に参加した19歳の大学生マーサ・モタバリザデは言う。彼女は拘留中に風紀警察の女性メンバーに服を破られたという。「屈辱的だった」。伝統的な上着チュニックの下に迷彩柄のズボンをはいた彼女はこう続けた。「自由がほしい。人権がほしい。ミセス・ラフナバルは賢くて教養があり、私にとって平等を象徴する存在だ」
信頼できる世論調査がないので、12日の選挙結果を予測するのは難しい。だがラフナバルがファーストレディになれなくても、選挙戦での彼女の活躍が大きな効果をもたらしたことは確かだ。なにしろ今では、候補者全員が当選したら女性の閣僚や大使を起用すると約束しているのだから。