最新記事

中東

アラブが待ち望むオバマからの合図

ヨルダン国王が中東和平を目指してアラブ諸国をまとめようとしている。各国が待ち望むのはオバマ米大統領からの本気のゴーサインだ

2009年5月20日(水)19時49分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

ヨルダンのアブドラ国王(左)は、オバマが中東和平への積極的な関与を宣言するのを待っている(ワシントン、4月21日)Larry Downing-Reuters

 死海沿岸でオートバイを乗り回す国王とアメリカの上院議員。「イージー・ライダー」気取りの彼らは、まるで怖いものなしに見えた。

 だが5月15~17日に開かれた世界経済フォーラム中東会議の合間に、砂漠に繰り出したヨルダンのアブドラ国王とジョン・ケリー米上院議員の間には、死海の上空を覆う濃いもやに似た不透明な空気が漂っていた。

 アブドラ国王はバラク・オバマ米大統領がサインを出すのを待っている。それがいつになるかは分からない。明日になるかもしれないし、オバマが6月4日に訪問先のエジプトで行うイスラム世界に向けた演説(すでに歴史的演説になると噂されている)でのことになるかもしれない。

 だがアブドラがどんなサインを欲しいかははっきりしている。パレスチナ占領地におけるイスラエルの入植活動に終止符を打つため、アメリカが明確かつ強力な役割を果たしていくというものだ。

 それは入植活動の完全な凍結を意味する。今後は既存の入植地のいわゆる「自然増」は認めないし、違法な入植活動が黙認されることはない。なし崩し的に境界線を変更する行為も一切認められない。

 これはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相にとっては赤信号だが、アラブ世界にとっては青信号と受け止められるだろうと、ヨルダンの複数の政府高官は言う(繊細な外交問題のため匿名を希望)。

 アメリカの歴代政権は、パレスチナ和平の仲介というお題目を繰り返してきた。だがオバマ政権はそれとは一線を画し、10年前にアメリカがボスニア紛争で果たしたのと同じように、中東で積極的かつ厳しい役割を果たす意欲がある──そう受けとめられるだろう。

「入植地」でイスラエルに苦言

 オバマが青信号を出せば、本来ならアラブ諸国の和平推進派が本格的に動きだすはずだ。その1人であるアブドラは、各国が正しい方向に進み続けるのを支える役割を果たしてきた。

 先述のヨルダン政府高官によると、イスラエルとパレスチナ、イスラエルとレバノン、そしてイスラエルとシリアの間で作業部会を作り、8月までにワシントンで本格的交渉を始めることを呼びかける計画もある。

 アブドラがオバマから希望通りの合図をもらう可能性は十分ある。ジョー・バイデン米副大統領は5月初め、アメリカの親イスラエル団体である米イスラエル広報委員会(AIPAC)の年次総会で、「イスラエルは2国家共存案に協力するべきだ」と明言した。

「こんなことを言われて面白くないと皆さんは思うだろうが」と、バイデンは聴衆に語りかけた。これはイスラエルが「これ以上入植地を作らないこと、既存の入植地を解体すること」、そしてパレスチナ人の移動の自由を認めることを意味する。「信頼ではなく、『行動で示す』タイプの合意だ」とバイデンは語った。上院外交委員長としてバイデンの後任に当たるケリーは、同様のメッセージを今回の中東会議に持って来た。

 だがアラブ世界は、実は米政府が期待するような対応を取る環境にない。アブドラを米議会で各党を代表する「院内総務」になぞらえる向きもあるが、彼の仕事は和平推進の先導というより、ばらばらのアラブ諸国を集めることだ。

当事国を集めるだけでも大変

 実際、イスラエルと隣接する国々を和平交渉のテーブルにつかせるだけでも難しそうだ。シリアはイスラエルを敵視するイランと今も密接な関係にあるし、レバノンはいつも分裂状態にある(6月の議会選挙ではイスラム教過激派組織ヒズボラが一段と勢力を伸ばしそうだ)。

 肝心のパレスチナも大きく分裂している。イスラエルはガザ地区を実行支配するイスラム過激派ハマスと和平交渉をすべきか。それともヨルダン川西岸を管理し、誠実な交渉の実績を持つパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長と交渉すべきなのか。

 西岸とガザは政治的に分離不可能というのが、パレスチナの表向きの見解だ。だがこれまでサウジアラビアとエジプトがどれほど圧力をかけても、ガザと西岸が結束することはなかった。今年1月のイスラエル軍によるガザ侵攻は事態を悪化させただけだった。そして言うまでもなく、これまで何度となく和平努力を挫折させてきたテロ問題も解決していない。

 死海沿岸をごう音を立てて走り抜けたアブドラとケリーの頭の中で、映画『イージー・ライダー』の爽快な挿入歌が流れていたかどうかは分からない。中東和平の新しい1章は、まだ始まってもいない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IT大手決算や雇用統計などに注目=今週の米株式市場

ワールド

バンクーバーで祭りの群衆に車突っ込む、複数の死傷者

ワールド

イラン、米国との核協議継続へ 外相「極めて慎重」

ワールド

プーチン氏、ウクライナと前提条件なしで交渉の用意 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中