色あせたオレンジの夢
渋々支援する西欧の本音
問題はそれだけではない。ユーシェンコはナフトガスとガスプロムの直接取引を認めず、ロスウクルエネルゴなどの怪しげなガス商社を間に介して取引させている。ロスウクルエネルゴは、ユーシェンコの長年の有力支持者であるドミトリー・フィルタシが共同オーナーの会社だ。
これでは、西欧諸国がウクライナを冷ややかにみるのも無理はない。西欧の経済も深刻な打撃を受けているなかで、これまで財政再建の約束を破り続けてきたこの国に財政支援を行うことに、EUはうんざりしている。
ウクライナの望んでいるEU加盟は、(もともと実現の可能性が乏しかったが)ますます絶望的になった。ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)への加盟に以前から否定的だったドイツとフランスは、いっそう態度を硬化させている。
しかし西欧にとって、ウクライナを見捨てるリスクはあまりに大きい。ウクライナの経済がさらに悪化して失業率がはね上がれば、社会不安が増し、大量の人間が国境の外に流出する可能性が高い。移民の波が押し寄せれば、ただでさえ脆弱な東欧のEU加盟国の経済の土台が揺らぐ。
それに、西欧がウクライナに助けの手を差し伸べなければ、ロシアの思う壺だ。ロシアはこの危機に乗じて、ウクライナへの影響力を取り戻そうともくろんでいる。現にロシア財務省は最近、ティモシェンコの求めに応じて50億ドル相当の融資を行うことに前向きな姿勢を示している。
「数十億ドルの金を惜しんで、熱烈な親EU、親NATOの国を破綻させる」べきではないと、モスクワ駐在のある欧米の国の外交官は言う。「友達を見捨ててはいけない......そうでないと、もう誰も友達になってくれなくなる」
その点は、西欧諸国もよくわかっているようだ。なんだかんだ言っても、EUはウクライナに対するIMF(国際通貨基金)の緊急融資枠を拡大するための資金提供に踏み切る可能性が高い。欧州復興開発銀行(EBRD)もウクライナに10億ユーロの融資を行う方針を示している。「ウクライナの安定はヨーロッパの未来に不可欠」だと、EBRDのトマス・ミロー総裁は言う。「ウクライナを無秩序状態にしてはならない」
ウクライナ国民も西欧と距離をおくつもりはなさそうだ。世論調査によれば、国民はロシアより西欧への親近感を強めている。ロシア流の強権政治の上っ面だけの安定より、不安定でも本物の民主主義を望んでいることも明らかだ。
「この5年間のロシアの行動はことごとく、ウクライナをこれまで以上にNATO寄り、ヨーロッパ寄りに押しやった」と、ロシアの政治アナリスト、スタニスラフ・ベルコフスキーは言う。実際、今やウクライナ議会に親ロシアの議員などいない。04年の大統領選でロシアの後押しを受けた与党候補だったビクトル・ヤヌコビッチ前首相ですら、もはやロシア政府寄りの立場を取っていない。
強い指導者は登場するか
ウクライナ経済の状況は予断を許さないが、キエフで大規模なデモはほとんど起きていない。国民の鬱積した不満が全土に拡大した04年のオレンジ革命のときとはまるで違う。政府も抗議活動に冷静に対処している。市民の抗議デモを治安部隊で粉砕し、デモ参加者を秘密警察に撮影させているロシアとは大きな違いだ。
しかし年末に予定されている大統領選が近づけば、平穏は続かないだろう。IMFは融資の条件として財政赤字削減を厳しく要求しており、政府は歳出削減に踏み切らなくてはならない。ガス料金の引き上げなど、国民生活にも痛みが伴う。
そうなれば、国民のユーシェンコに対する不満、ひいては弱体政権が続いているオレンジ革命以降の状況への不満はさらに増す。事実、すでに国民の80%は「強力な指導者」を望んでいる。
世論調査の支持率で現在トップを走るティモシェンコがこのまま大統領選で勝てば、その「強力な指導者」になれそうにみえる。多くの国民と同様、ティモシェンコはオレンジ革命の民主主義の理念に背を向けてはいないが、「オレンジ系」政治家という汚れた看板を捨て去り、汚職と戦う「純白のハート」の政治家と称している。
国民の不満の高まりに、ティモシェンコがどう対処するかはまだわからない。しかしティモシェンコが新大統領として痛みを伴う歳出削減を断行すれば、ウクライナの足腰が強くなり、やがてこの国に安定と繁栄が訪れる日が来るかもしれない。4年半前にオレンジ革命が国民に約束したように。
[2009年3月25日号掲載]