ヒットは目指さず? ビリー・アイリッシュ新作に見る「等身大の人間らしさ」
Still Doing It Her Way
ここから後は、まさになんでもあり。さまざまな歌唱テクニックを駆使し、自由奔放な気まぐれに乗せる形で、持ち前の気難しいユーモア感覚を解き放っている。
最後の「ビタースイート」と「ブルー」では、このアルバムでそれまでに登場した曲と歌詞のモチーフの多くを再び取り上げている。おかげで、45分間のアルバムの中で多様性を表現しつつ、まとまりも生み出されている。
ただし、このアルバムの最大のハイライトは、性的な表現がふんだんに盛り込まれた2曲目の「ランチ」だ。アイリッシュは昨年、「男の子も女の子も好き」と打ち明けて騒動になった。この告白により、この曲で同性同士の性愛への賛歌を饒舌に歌い上げる道が開けたのだ。
ポップミュージックの世界は、これまでになく多様な性的指向を受け入れるようになっている。それでも、アイリッシュほど10代に絶大な人気を誇る女性アーティストが、性的マイノリティーの愛と性的欲求を正面から取り上げたのは異例のことと言っていいだろう。
「ランチ」のミュージックビデオで、アイリッシュはデビュー当時に好んだヒップホップ風の服装で登場する。思い返すと、当時の彼女に新鮮さを感じた要素の1つは、堂々と、しかしさりげなく、同時代のヒップホップの影響を受けており、それがぎこちない印象や場違いな印象を与えなかったことだった。
カリフォルニアのティーンエージャーだった頃は、この点を自覚していなかったのかもしれない。しかし、成長したアイリッシュがそうした要素を和らげたことは、理解できる選択と言える。
ヒットは目指さない?
『ハード・アンド・ソフト』では、アイリッシュとフィニアスの兄妹が激動の日々を経てようやく落ち着きを取り戻し、前に進む方法を見いだしたという印象を受ける。
早熟なデビューを遂げた当初の倒錯的なインパクトが再現されないことに、不満を抱く人は常にいるだろう。しかし、昔をそっくりそのまま再現することが、そもそも不可能な場合もある。