世界的ベストセラー作家の「ロシアが舞台」の小説が刊行中止に...読者に媚びる出版業界の「気概なさ」
A Babying of Readers
世間の反発で新作の出版を諦めたエリザベス・ギルバート(写真は2020年) RAJ K RAJーHINDUSTAN TIMES/GETTY IMAGES
<世界中の女性が夢中になった『食べて、祈って、恋をして』のエリザベス・ギルバートの新作が炎上...。刊行を断念した出版業界の「不愉快な真実」とは?>
昨年の今頃、失恋してひどく落ち込んでいた私はエリザベス・ギルバートの『食べて、祈って、恋をして』を読んでみた。
ジュリア・ロバーツの主演で映画化(2010年)もされた王道の失恋実録ものだ。あんなに豪勢な「癒やし」の旅は許せないけど、まあ本で読むくらいならいいかと思った。
結局、私はこの本と作者ギルバートを気に入ってしまい、あの夏にはやたら褒めちぎる文章を書きまくった。今となっては、ちょっと恥ずかしいけれど。
そうしたらこの6月、ギルバートが新著『スノーフォレスト』の出版を無期限で延期したと聞いた。ショックだった。こちらは小説で、20世紀半ばのソ連で最果ての地シベリアに生きた人の実話に基づく作品らしい。
アメリカでは単行本の出版にひどく時間がかかるから、彼女がこの原稿を書いたのは2年以上前のはず。そして出版は来年2月の予定だった。
ところが、その間にロシアがウクライナに侵攻し、戦争が始まってしまった。するとアメリカの書評投稿サイト「グッドリーズ」には、まだ本の概要しか知らされていないのに無情な酷評があふれた。
「ウクライナ人を虐殺しているロシア人を美化する気か」といった非難と抗議の山。それでギルバートも出版社も、現時点での出版を諦めた。
ばかげた話だと、私は思う。今の時代にロシア人の話なんて読みたくないと、世間の人が思う気持ちは分からなくもない。風潮としては、ある意味、やむを得ないのだろう。
でも、そもそも小説は人々に道徳を説く道具ではない。小説に罪はない。現に国際ペンクラブのアメリカ支部などは、今回の出版延期に「遺憾」の意を表明している。
出版界が読者にこびる
それはさておき、興味深いのはギルバートの「変容」だ。