性暴力のトラウマと「癒しの道」が教えてくれた「封印していた幸福」
PTSD and Finding My True Self
現在ポペルカは同性の恋人と交際し、PTSDについて積極的に執筆している COURTESY OF MADELINE POPELKA
<自分自身と友人が受けた性被害に自分を責め、結婚も破綻。しかし、PTSDの痛みが自分を見つめなおす機会を与えてくれた...>
ずっとこういう人生が続くのだと、26歳の頃の私は信じて疑わなかった。
サンフランシスコは最高だった。ゴールデンゲート・ブリッジ(金門橋)に見とれ、友達と飲み歩き、ボーイフレンドとの同棲生活を楽しんだ。まさに順風満帆だった。
だが2つの出来事が私を根底から揺さぶることになる。
ある日、買い物帰りに男に追いかけられた。必死で走り声を限りに叫んでも、周囲には誰もいない。切羽詰まって車道にダッシュすると、男は恐れをなして逃走した。無傷で済んだ私は「忘れなさい」と、自分に言い聞かせた。
1年半後、男に襲われたと泣きながら、女友達がレストランのトイレから飛び出してきた。犯人は私が知る男だった。ワインを片手に積もる話をするはずの夜が悪夢に変わり、私は性暴力を止められなかった自分を責めた。
恐怖心もあった。それまで一度ならず性暴力を受けていた私は、また同じことが起きるのではないかと身構えた。
間もなく結婚して町を出たが、その頃には世界の全てに怯えていた。自宅にいても夫や親しい友人と一緒でも、怖くてたまらなかった。防犯ブザーを肌身離さず持ち歩き、夜は玄関と窓が閉まっているのを3度確認した。
不安障害を患い、パニック発作に襲われた。症状は悪化し、泣いているばかりで働くことも眠ることもできなくなった。心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されたのは、28歳の時だった。
よみがえった12歳の記憶
男に殴られ犯される悪夢に繰り返しうなされるうちに、夫に触れられるのが耐えられなくなった。もはや自分が何者なのかも人生の目的も、私には分からなかった。
1年がたち症状が和らいでも、心細さは変わらなかった。世界は一変し、人生は二度と元に戻らないのだ。
だが治療の効果で自分への理解が深まり感情との付き合い方がうまくなると、それも悪くないと思い始めた。
29歳まで、私は周囲の期待や自分はこうあるべきだという思い込みを基に物事を判断していた。立ち止まってそんな自分を見つめ直す機会を、PTSDは与えてくれた。