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イランで呼吸困難や吐き気が続出──女子教育を狙った「毒ガス」か「集団ヒステリー」か

Poison Education

2023年03月13日(月)14時31分
シリーン・ダフト(豪マッコーリー大学ロースクール講師)
イランの女子校

イラン北西部のアルダビル(写真)など、国内10州で発生している事件の被害者は呼吸困難や吐き気を訴えている REUTERS

<国内各地の女子校で頻発する怪事件で、親たちは娘を学校に行かせない事態となっている。女性が教育を受ける機会を失うことは個人だけでなく、社会全体に打撃を与える>

多数の女子生徒が体調を崩しているのは、化学物質による攻撃のせいだ――数カ月前から相次いで報じられるイランの「毒ガス事件」に、国際社会が関心を寄せている。

情報にばらつきがあるが、多くの報告によれば、被害者はこれまでに計1000人以上。国内10州の少なくとも58の学校で、事件が発生している。

確認されている限りでは、最初の事件は昨年11月、中部のシーア派の聖地コムで起きた。以来、事件は増え続けている。今年2月末~3月初旬にかけては、合わせて26校で新たに被害が発生した。

被害に遭った女子生徒は呼吸困難や吐き気、めまい、疲労感を訴え、入院中の少女もいるという。攻撃から守ろうと、親たちは娘を学校へ行かせない事態になっている。

市民の不安や国際社会の注目が高まるなか、イランの最高指導者アリ・ハメネイは3月6日、毒ガス攻撃は「許し難い重大犯罪」だと公の場で非難。捜査を行い、加害者を迅速に処罰すると約束した(イラン内務省は7日、「反体制メディア」と関係のある容疑者数人を逮捕したと発表)。

これまでの数カ月間、イラン政府高官は事件について矛盾する声明を出していた。3月5日には、コムでの事件を調査していたジャーナリストが逮捕され、首都テヘランで行われた事件への抗議デモに催涙ガスが発射されたと報じられている。

女子生徒に対する毒ガス攻撃は、昨年9月に道徳警察に逮捕された女性マフサ・アミニが死亡して以来、イランで続く抗議活動への直接的反応だとみる向きが多い。一連の抗議活動の中心になっているのは、大学生や女子生徒だ。

今のところ犯人に関する直接的証拠はなく、犯行の手口もはっきりしない。情報収集が困難なのは、イランで報道の自由が極度に制限されているせいでもある。国際社会では、国連に独自調査を求める声が上がっている。

学校爆破や拉致事件も

一方、そもそも攻撃の存在自体を疑問視する人もいる。彼らに言わせれば、これは集団心因性疾患、いわゆる「集団ヒステリー」現象だ。

前例のない話ではない。アフガニスタンでは2012~16年、女子生徒を標的とした毒ガス攻撃が疑われる事件が続発した。だが調査を行った国連は、有毒な化学物質の痕跡を発見できなかったことから、集団心因性疾患ではないかと結論している。

だが、毒物は急速に分解することがある。イラン当局による調査の1つで、原因物質と示唆されている二酸化窒素(NO2)の場合は特にそうだ。未確認情報ながら、現場の学校の校庭に不審物が投げ込まれるのを見たという証言もある。

今回の出来事が異例とは到底言えないことも、攻撃が事実だと考えられる理由だ。教育は(女子向けも含めて)イランで高く尊重されているものの、女子学生・生徒は頻繁に攻撃されている。

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病院で治療を受ける生徒も WANAーREUTERS TV

紛争地域での教育や人権・人道法分野の活動団体が構成する「教育を攻撃から守る世界連合」は、14~18年に紛争地や政情不安定な地域で発生した女子教育への攻撃事例を調査。報告書によれば、中東やアフリカ、南米、東南アジア、南アジアの少なくとも18カ国で生徒や女性教師が直接的攻撃にさらされている。

女子校の爆破や少女の拉致など、その手法はさまざまだ。攻撃を受けるのは通学中や学校内で、性的暴力も報告されている。女性教師や生徒が結婚を強制されることもある。

12年にパキスタンの少女マララ・ユサフザイが頭部を銃撃された事件は、教育を求める「生意気な」少女への暴力として今も悪名高い。男子教育より優先度が低いという理由で女子校を用途変更・閉鎖したり、少女を学校へ通わせないよう脅迫したり、厳格な服装規定を暴力的に強いる形で攻撃するケースもある。

学校への攻撃はこの数十年間に急増しているが、女子校を狙った事件の増加がとりわけ目立つ。犯人が処罰されることはめったにない。

イランの女子生徒への毒ガス攻撃は今のところ、重度の健康被害を与えていないようだ。だが組織的で性差別的な攻撃を受けた体験は、心理面に長期的影響をもたらす。この先、どんな身体的影響が出るかも分からない。

問題の根源にあるのは

経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約は、万人が「人格や......尊厳の十分な発達」のために教育を受ける権利を定めている。女子教育への攻撃は、この権利を直接的にむしばむだけではない。少女たちに深刻で、持続的な被害をもたらす。

教育の機会を奪われた少女は、児童婚や強制結婚に追い込まれる可能性がより高く、結果として生殖・性の自主権を制限される。ドメスティックバイオレンス(DV)や貧困のリスクも増加する。学校に対する攻撃は、武装組織への参加の強制や人身取引の被害者になる可能性もはらんでいる。

より一般的には、教育の権利の侵害や組織的な性差別は、女性が政治・文化・社会生活に意義ある形で参画する機会を減少させる。こうした喪失は、女性個人だけでなく社会全体に打撃を与える。

残念なことに、単純な解決策は存在しない。イランでの事件を調査し、容疑者を訴追するのは重要な一歩だが、根本的な問題に向き合うことにはならない。

女子教育への攻撃は組織的で広範な女性差別や、固定観念に基づく女性観を強化する抑圧システムという幅広い文脈の一部だ。その事実は今後も変わらない。

それでも女子の教育の権利擁護は、ジェンダー平等に向けた取り組みの土台であるべきだ。学校に通う少女が恐ろしい暴力にさらされる現実は、直ちに変化を求める叫びにほかならない。

The Conversation

Shireen Daft, Lecturer, Macquarie Law School, Macquarie University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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