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マインドフルネスマインドフルネスの落とし穴...より利己的になる人も──米NY州立大研究
Mindfulness in Context
ストレスを減らす瞑想でより良い人間になれるという印象があるが FIZKES/ISTOCK
<文化的な背景から切り離された安易な実践は、共感力や利他心を失わせる結果になりかねない>
料理人・村田吉弘は日本料理を広めに海外に出向くとき、必ず京都の井戸水を持っていく。本物のだしを作るには、この水が欠かせないからだ。
これには科学的根拠がある。日本の水は世界の多くの地域の水と比べて、著しく硬度が低い。つまりミネラルの含有量が少ない。アメリカ人が食べるアメリカの水で作られた日本料理は、本物の日本料理ではない可能性があるのだ。
これは料理の話に限らない。何であれ地理的・文化的な背景から切り離されると、「似て非なるもの」になることがある。例えば「ナマステ」。現代のインドではただの挨拶の言葉だが、アメリカではヨガの教室で使われるために、神秘的な意味を持つ言葉だと勘違いしている人が多い。
このように文化的な背景から切り離された概念の1つに「マインドフルネス」がある。マインドフルネスとは、今この瞬間の自分の体験に評価や判断をせずに意識を向けること。多くの場合、瞑想を通じてこの境地に達する。
マインドフルネスの実践が個々人にさまざまな恩恵をもたらすことは多くの研究で確認されている。ただ社会や職場、コミュニティーへの影響を調べた研究はほとんどない。
ニューヨーク州立大学バッファロー校の社会心理学者である私はその点が気になった。他者に対する共感や思いやりにマインドフルネスはどんな影響を及ぼすのか。
ここ数年、アメリカではマインドフルネスが大変なブームになっている。教室、スタジオ、アプリなど瞑想関連のビジネスの市場規模は約12億ドル。2022年には20億ドルを突破する見込みだ。病院や学校、刑務所でもマインドフルネスを指導している。
実際、マインドフルネスにはストレスを減らし、自己評価を高め、精神疾患の症状を抑える効果があることが分かっている。マインドフルネスは実践者の気分を良くするだけでなく、実践者をより良い人間に──より寛大で親切な人間にすると、多くの人が考えている。本当だろうか。
アメリカのマインドフルネスブームはいわば根無し草。マインドフルネスのルーツは仏教にあるが、アメリカではもっぱら世俗的な文脈でその効用が語られている。
仏教とマインドフルネスが生まれたアジア文化圏と、アメリカでは、そもそも自己に対する考え方が違う。アメリカ人の自己認識はIという一人称で表される。「私はこうしたい」「私はこうである」と。対してアジアの人々は一般的に周囲の人たちに支えられて私が存在していると考える。自己表現の主語も複数形で、「私たちはこうしたい」「私たちはこうである」だ。
慈善活動に協力するか
これは微妙な違いなので見過ごされやすい。ちょうど水の違いのようなものだ。飲んだだけでは分かりにくいが、料理の風味は変わる。
相互依存的な関係性の中に自分を位置付ける人が自分の体験に集中すれば、おのずと他者にも思いが及び、より協力的になるかもしれない。だとすれば、一人称の主語で自己表現をする人が今この瞬間の自分に集中すれば、もっぱら個人的な目標や欲求に関心が向き、結果的により利己的になるのではないか。
私は大学の同僚で個人主義的・相互依存的自己意識の専門家シーラ・ゲーブリエル准教授、および指導する大学院生3人と研究を開始した。
被験者は大学生366人。研究室に集まった彼ら(新型コロナウイルスが世界的に大流行する以前だ)に短時間のマインドフルネス瞑想、またはマインドワンダリング(「今ここ」から注意がそれて思考がさまよう状態)を意図した課題を行ってもらった。
被験者の自己意識の個人主義度、または相互依存度も測定した(同一文化内でも自己意識には差異がある点に留意すべきだ)。実験の最後に、慈善団体の募金活動のための封筒詰め作業に協力する気はあるかと被験者に尋ねた。
近く学術誌サイコロジカル・サイエンスで発表するこの研究結果では、比較的相互依存的な被験者のうち、マインドフルネス瞑想をした人は、より寛大になった。彼らが封入作業を行った封筒の数は、マインドワンダリングをした相互依存的な人より17%多いと判断できた。
一方、比較的個人主義的な被験者のうち、マインドフルネス瞑想をした人は、他人のために時間を費やすことにより消極的になったようだ。彼らが手掛けた封筒の数は、マインドワンダリングをした個人主義的な被験者に比べて15%少なかった。
もちろん水と同じく、自己意識は流動的だ。時と場合によって、誰もが個人主義的にも相互依存的にもなれる。
実際、自己意識の在り方は比較的単純な方法で変化する。社会心理学者のマリリン・ブルーワーらの研究によると、一人称単数形、または一人称複数形のどちらかを多く含む文章を読んでもらい、人称代名詞を全て特定させるという課題を行うだけで、自己意識はより個人主義的、または相互依存的に変化する。
カギは「自己」の在り方
こんなシンプルな作業によって、社会的行動に与えるマインドフルネスの効果は変わるのか。それを検証すべく、私たちは別の研究も行った。
新型コロナの影響でオンラインで実施したが、用いた手法は前回と同じだ。ただし、今回は最初に前出の人称代名詞を特定する課題を行ってもらった上で、慈善団体への寄付を求めるボランティア活動に参加するかと尋ねた。
結果は驚くべきものだ。一人称単数形を特定する課題を与えられたグループが、短時間のマインドフルネス瞑想の後にボランティアをする可能性は33%低く、一人称複数形のグループは40%高かった。その瞬間における自己意識を変えるだけで、多くの被験者の行動に与えるマインドフルネスの効果が変化したのだ。
マインドフルネスがもたらす社会的結果は、状況次第で良くも悪くもなり得る。
フランス人僧侶マチュー・リカールは、狙撃に集中する兵士もある意味マインドフルネス状態だと語っている。「意識的であることはツールにすぎず、良い行動にも悪い行動にもつながり得る」と。
苦しみを増やすのでなく減らすことが目的なら、自己は他者とのつながりの中にも存在すると意識することが重要だ。この「水」こそ、マインドフルネスの「味」を完全に引き出すカギかもしれない。
Michael J. Poulin, Associate Professor of Psychology, University at Buffalo
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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