おじさん・おばさんにはピンとこない、若者だけに響くミュージカルの秘密
Sounds Like Teen Spirit
MARIA BARANOVA/GETTY IMAGES
<等身大の高校生の日々を描いた青春ミュージカル『ビー・モア・チル』。SNSが生んだ予想外のヒット作品の魅力とは>
16年秋の時点で、作曲家のジョー・イコニスはすっかり諦めていた。前年6月にニュージャージー州の劇場で『ビー・モア・ チル』というミュージカルを成功させたが、その後1年以上かけて売り込んでもニューヨーク公演は決まらなかった。「誰も話に乗ってこなかった」と、イコニスは振り返る。「興味を持ってくれる人なんて1人もいなかった」。しかし2017年5月、既に別の作品に取り組んでいたイコニスは、ソーシャルメディアで思わぬ通知を受け取り始めた。
誰かがフェイスブックで『ビー・モア・チル』のお気に入りの楽曲を紹介した。誰かがインスタグラムに、作品の重要なシーンを基にしたアートを発表した。誰かがツイッターで作品について質問を寄せた。
そして、音楽配信サービスのスポティファイでも、このミュージカルの楽曲を収録したキャストアルバムがランキングの上位に顔を出し始めた。
驚いたイコニスは、脚本を担当したジョー・トラクツと、出演者の1人である俳優のジョージ・サラザーにテキストメッセージを送った。「何か宣伝でもした? 僕の知らないことが何か起きているの?」
確かに、イコニスの知らないところで新しいことが起きていた。ただし、出演者や関係者はそれに関わっていない。
少人数の演劇好きの若者たちがスポティファイで『ビー・モア・チル』のキャストアルバムを見いだし、オンライン上で話題にしたことが発端だった。評判は瞬く間に広がった。
メディアの酷評も受けて
「マーケティングの仕掛けは全くしていない」と、トラクツは言う。「演劇好きの若者たちが登場人物に共感したのが始まり だった」
『ビー・モア・チル』は、ネッド・ビジーニのヤングアダルト小説が原作だ。冴えない高校生のジェレミーがある薬を飲んで 頭脳明晰になり、イケてる若者に変身する。その薬を飲むと、脳内に超高性能の小型コンピューターが埋め込まれるのだ。
薬により行動が一変したジェレミーは学校の人気者になるが、周囲との関係がぎくしゃくし始める。もっとかっこよく(=ビ ー・モア・チル)行動するうちに親友のマイケルと疎遠になり、思いを寄せていた女子生徒クリスティンとの関係もおかしくな る。学校の人気者は、見掛けほど幸せではなかったのだ。どこにでもいそうな高校生のジェレミーは、若者が共感を寄せやすいキャラクターと言えるだろう。
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