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有名画家の伝説に疑問? ナチスへの傾倒が明るみに出て、メルケル首相もエミール・ノルデ作品を排除

2019年05月10日(金)17時45分
河内秀子(ドイツ在住ライター)

またノルデを取り扱っていたベルリンのギャラリストは、ナチ党員がよく通る道を選んで展覧会を開くなどの工夫をし、1934年と1937年にノルデの個展も開催。ナチス政権下でノルデ作品の価値と注目度を高めていった。ノルデ自身も自らを「ユダヤ人ばかりのベルリンのアートシーンの中で戦う、先駆者」と演出していたという。

例えば455点というノルデの版画作品全てを揃えていたフォルクヴァング美術館をはじめ、1935年にはドイツの美術館にあるノルデ作品の数自体は膨大になっていた。『退廃芸術展』のために押収された作品数でノルデのものが最も多かったのは当たり前なのだとゾイカさん。

「ノルデ自身は、自分の作品が退廃芸術とされたことを不服に思っており、ナチ党に数多くの手紙を書き送ってナチ党への忠誠心や反ユダヤ的であることを示し、最終的には『退廃芸術展』から作品を除外してもらっているのです」

また、「実のところ、ナチスが新しい芸術を誹謗中傷し、晒し者とする目的で開催したこの『退廃芸術展』は来場者が非常に多く、ナチスとは異なる思想を持つ国外のコレクターたちからは、新しい芸術作品を見つける展覧会として注目されていたのです」という。「例えばスイスのコレクター、シュプレンゲル夫妻は『退廃芸術展』でノルデの作品を気に入り、その足で彼の水彩画を2点買っているのですよ」

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1938年、ベルリンで『退廃芸術展』に足を運ぶヨーゼフ・ゲッベルス。左側にノルデの「罪人」が見える 
©Zentralarchiv - Staatliche Museen zu Berlin, ©für die Werke von Emil Nolde bei Nolde Stiftung Seebüll

1940年には帝国造形芸術院に属す体制派の芸術家たちよりもはるかに多い金額を稼いでいたノルデは、そのために「退廃芸術家なのにけしからん」と目をつけられ、活動の禁止を申し渡されたのである。

作品と作者は分けて考えるべきか?

これまでノルデは、作家活動禁止を言い渡された時代には、監視下では匂いでばれてしまう油絵を描くことができず、仕方なく水彩画を描いていたと言われていた。しかし、その点に関しても、当時職業としての活動はできなかったが、絵を描くこと自体は許可されていたということが最近の研究でわかっている。

今回の展覧会には、作家活動禁止を言い渡された後である1942年のノルデの自宅内の絵画制作部屋を再現した特別コーナーもある。ナチスへの傾倒が進むにつれ、以前は好んでいた旧約聖書からのモチーフはユダヤ的であるとして描くのをやめ、バイキングや金髪の母子像などより北方的な(アーリア的な)ものを描くようになっていたことがよくわかる。

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まだ旧約聖書的なモチーフを描いていたころの作品「失われた楽園」1921年
© Nolde Stiftung Seebüll, Foto: Fotowerkstatt Elke Walford, Hamburg, und Dirk Dunkelberg, Berlin

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戦争をモチーフにした水彩画もあった。「戦艦と燃える蒸気船」1943年
© Nolde Stiftung Seebüll, Foto: Dirk Dunkelberg, Berlin

『エミール・ノルデ、ドイツの伝説、ナチズムの中の芸術家』は9月15日までの開催だ。最初の週は長蛇の列ができ、急遽入場に時間制限が設けらたほどだった。

新たな研究によって、ノルデの退廃芸術家の伝説が崩れたことは確かだろう。しかし、メルケル首相の判断は、作家と作品が切り離せないものとして受け取られるいまの社会の風潮を受けてのことではないかとゾイカさんは分析する。「例えば、#MeToo運動などでも同様ですが、制作者の犯した行いへの批判が、作品自体の批判に繋がって炎上し、作品が市場から撤去されるようなことがいまの時代にはあります」

日本でもピエール瀧が逮捕された際に出演作品の出荷が停止された事例があったが、これと似た例かもしれない。この展覧会から、ドイツでもいま作家と作品は分けて捉えるべきかとの論議が広がっている。

【参考記事】暴力、体と性、労働と経済......ドイツの100年を超える女性運動の歴史がオンライン公開

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