「生まれ変われるなら、精神科医に」遅咲きのヒロイン、レイ・シーホーンの素顔
Better Call Kim
駐車場の場面では照明の暗さも手伝ってシーホーン演じるキムは、往年のギャング映画の名女優バーバラ・スタンウィックを彷彿とさせる。クールで慎重、ドライなウイットの持ち主で、知的で自立しているからこそセクシーさが匂い立つ。キムがジミーに言うせりふが彼女の全てを語る。「あなたには私を救えない。私を救うのは私よ」
「キムはいろんな問題を抱えているし、理不尽な目に遭うこともある」が、「人に頼ろうとせず、自分のことは自分で引き受けている」。グールドはシーホーン演じるキムをそう分析する。「そこがすごく魅力的だ」
キムを演じるシーホーンその人はどうか。「私はキムよりもずっとおしゃべりよ」。滞在中のニューヨークのホテルの部屋を訪ねると、彼女は開口一番そう宣言した。筆者はこれまで何十人もの俳優を取材してきたが、演じる役柄と本人のギャップがこれほど大きいとさすがに戸惑う。46歳のシーホーンはとても気さくで開けっ広げだ。
インタビューをしたのは、今夏に放映が始まったシーズン4の撮影が終わった直後。セットから離れてわずか3日というのに、「落ち着かないの」と彼女は訴える。「オフは苦手。1年のうち、そうねぇ、364日くらいは仕事をしたい」
プロデューサーのグレアム・ラーソンと4年前に婚約したのになかなか結婚に踏み切れないのはそのためか。そうではないと、彼女は話す。「結婚式のプランをあれこれ考えると何となく気が重くなって......」
「生まれ変われるなら、精神科医になる」と言うだけあって、シーホーンは自分が演じる役柄の分析に多大の時間を費やす。キムは頭がよく地に足の着いたキャリア女性。現実にはよくいるタイプだが、能力より美貌が優先されるテレビドラマの世界では希少種だ。「浮ついたところなんて全くない。外見で男たちに注目されたいなんて気はさらさらない女性よ」と、シーホーンは言う。
視聴者と一体になる感覚
シーホーンはバージニア州のジョージ・メイソン大学で美術を専攻した(絵は今でも描いていて、鳥シリーズの小さな作品を仕上げたばかりとか)。副専攻として演劇も学んだ彼女は、2003年にシットコム(シチュエーション・コメディー)に出演することになり、ロサンゼルスへ。結局、14作に出た。
1話完結のシットコムで求められるのは「視聴者にスプーンで食べさせるような」分かりやすい演技だと、シーホーンは言う。そんな仕事が続いた後に、キム役に出会ってホッとしたそうだ。テレビドラマには珍しく、複数回にまたがって対話劇が続くから、キャラクターの心境の変化とじっくり付き合える。
さまざまな事件が起きる割に、『ベター・コール・ソウル』は驚くほど静かなドラマだ。シーホーンは長い沈黙が好きだと言う。「カメラが動かず、ただ座って、役柄の気持ちに浸りきる時間」、それは舞台での演技にどこか通じるものがある。「舞台では観客の息遣いを肌で感じる。このドラマでも、そんな場面を撮っているときは相手役や撮影クルー、それに家で見ている視聴者とも、ぴんと張り詰めた緊張関係になる感じがする」
キムは『ブレイキング・バッド』には登場しないため、彼女がこれからどうなるか視聴者は気をもんでいる。グールドによると、ファンの多くはキムがかなり悲惨な目に遭う筋書きを予想しているとか。シーホーン自身、「投獄されたり、全てを失ったり」といった成り行きを覚悟している。どんな運命でも、彼女らしいと言われるだろうが。
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[2018年10月30日号掲載]