最新記事

アメリカ経済

「増税は労働意欲をそぐ」は金持ちの嘘

オバマは予算教書で金持ち増税を提案した。こんな時湧き起こるお決まりの批判は簡単に論破できる

2011年2月16日(水)19時10分
ブライアン・パーマー

中流の味方 オバマは議会に葬られた富裕層増税案を復活させた Kevin Lamarque-Reuters

 バラク・オバマ米大統領が2月14日に議会に提出した予算教書によれば、2012年度の財政赤字は1兆ドル。オバマは年収20万ドル以上の富裕層向け税免除に新たな制限を設け、中流層を代替的最小課税制度(AMT)対象から外す減税措置の穴埋めをしようとしている。

 さて、富裕層への増税が取り沙汰されると、反対論者は決まって増税すると金持ちが働かなくなり経済にマイナスだ、と主張する。しかしそれは本当だろうか。

 答えはイエス、だがその影響はそれほど大きくない。たしかに著名な経済学者たちも認めるとおり、限界税率が上がると最も裕福な層が申請する課税所得は減少する。

 だがこの減少分の大半は、前より働かなくなったせいのものではない。ほとんどは税法の複雑さを利用した課税逃れだ。金持ちは非課税にするため収入を定義し直し、控除対象額を増やそうとする。伝統的な脱税に手を染めることもある。

 マサチューセッツ工科大学の経済学者ジョナサン・グルーバーは、富裕層向け増税がもたらすはずの歳入の増加分のうち半分以上は、こうした課税ベースの浸食によって消えてしまう。実際の労働が減ったことによる所得減少は4分の1にも満たないという。

 実例を挙げよう。政府が最も裕福な層に対する限界税率を10ポイント引き上げると、年収100万ドルの夫婦の増税額は6万2635ドルになる。だが納税者の個人行動に関する調査によれば、彼らが最終的に払う税金の増加分は2万8000ドルにしかならない。

金持ちの方が「節税」しやすい理由

 残りの3万5000ドルはどこへ行ったのか。彼らは給料の手取りを減らす代わりに、より高額な健康保険への加入を雇用主に依頼する。雇用主が支払う保険料は課税対象外だからだ。

 さらに彼らは慈善に寄付をしたり、より高額な住宅を購入することで税控除を増やそうとする。株式譲渡益の申告を行わないといったやり方で、収入の一部を違法に隠すこともある。

 たしかに増税のせいで前より働かなくなる世帯もあるだろう。だがある調査によれば、そうした人々の節税額3万5000ドルのうち、労働量の削減によるものは9000ドル以下だという。

 しかもこうした行動を取るのは、夫婦のうち収入が少ない方がほとんど。調査によれば、一家の稼ぎ頭が増税のせいで仕事量を減らすことはほとんどない。労働時間を減らしたり、仕事をやめたりするのは配偶者だ。

 経済学者はこうした現象を、課税所得の弾性によるものだとする。理論上はこれは貧富を問わず当てはまるが、金持ちの方が住宅を買い替えたり消費パターンを変えることは容易だ。

 脱税も金持ちの方がやりやすい。彼らの収入の中で自営業から得られる金額の割合は高い。こういった収入は、給与とは違って自動的に政府に申告されるわけではない(高価な美術品を購入したり、国外の口座に資金を隠したりすることで、カネの動きをごまかすこともできる)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中