最新記事

米社会

「コーラン焼却」集会も言論の自由か

9.11にコーランを燃やせと呼び掛ける牧師が、無実のアフガン人とアメリカ人を危険にさらしている

2010年9月8日(水)17時02分
ジーン・マッケンジー(カブール)

憎悪の先に コーランを読むアフガニスタンの子供たち Omar Sobhani-Reuters

 ここ数週間、アフガニスタンの首都カブールにはピリピリしたムードが漂っている。9月6日、市内のあちこちでデモが発生、道路が占拠された。インターネットにアクセスできるアフガニスタン人たちが、あのニュースを広めているのだ。

 彼らの怒りに触れたのは、米フロリダ州ゲーンズビルのキリスト教会ダブ・ワールド・アウトリーチ・センターのテリー・ジョーンズ牧師。ジョーンズはアメリカで同時多発テロが起きた9月11日に、犠牲者を偲んでイスラム教の聖典コーランを燃やす集会に参加するよう呼び掛けている。

 この話がアフガニスタンに届くのに、そう時間はかからなかった。カブールの路上には、イスラム教への敵意丸出しのジョーンズを描いた風刺写真が散乱している。

 ジョーンズが呼び掛ける「コーラン焼却集会」が予定されている9月11日がイスラム教のラマダン(断食月)明けの祭日イードと重なるのが、せめてもの救いかもしれない。アフガニスタン人をはじめ世界中のムスリムが、ジョーンズの行動をイスラム教への冒涜だと憤慨しているが、祭日ということで怒りが少しでも和らぐことを祈るしかない。

 ラマダン明けの祭日がいつになるかは新月の見え方によって変動するが、現時点で可能性が高いのは9月10日。祭日は4日間続き、この間は親戚が集まってケーキやクッキーをたくさん食べ、ラマダンを無事終えたという喜びに浸る。暴力はふさわしくない。

 だがそれでも、私はあのムハンマド風刺画事件を思わずにはいられない。05〜06年にかけてデンマークやノルウェーの新聞がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載。これに反発したムスリムが、デンマークやノルウェーの在外公館に火炎瓶を投げるなどして大規模な暴動に発展した。

 報道の自由の信奉者である私でも、ムハンマドの風刺画を掲載するという判断を心から支持するわけにはいかなかった。

「イスラムは悪魔」の屁理屈

 ジョーンズはブログに「コーランを燃やすべき10の理由」と題し、自分の主張を正当化する文句を並べている。

 その1つは、ムスリムはイエス・キリストが神の子であると信じていないということ。だがそれを言うなら、ジョーンズはユダヤ教の聖典であるトーラーも火の中に投げるべきだろう。

 ほかには、コーランが「天国で書かれたものではないから」。これについては大勢の聖書研究者が口をそろえて、キリスト教の聖書も人間の手で書かれたのだと説明してくれるだろう。

 ジョーンズの理屈で私が特に気に入っているのはこれだ。「イスラムの教えと文化の根底には、欧米に対する理不尽な恐怖と憎悪の念がある」

 理不尽な恐怖と憎悪だって? ジョーンズは鏡に映る自分の顔に見えた感情のことを言っているに違いない。

 私は「市民の自由」の擁護者だ。だからアメリカをアメリカたらしめている自由の精神を押さえつけようとは夢にも思わない。そんな私が、この1カ月は無我夢中で友人の弁護士たちに訴え続けた。誰か頼むから何とかして、ジョーンズと彼の信奉者たちを止めてくれないかと。

「この国では憎悪に満ちた発言は禁止されていないのか」と嘆く私に、弁護士の友人はアメリカはカナダではないと言った。もしナチスや白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)がデモを行えるのなら、ジョーンズにも「イスラムは悪魔」と書かれたTシャツやマグカップを売る権利がある。「イスラムは悪魔」は、彼のお気に入りのフレーズだ。

 憎悪に満ちた発言を禁止できるのは、それが大きな犠牲につながる切迫した危険を伴っていると、確かな根拠を示せるときだけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

BofA個人投資家預かり資産、5000億ドル超え 

ワールド

ウクライナ、G7融資30億ユーロ受領 EUが実行

ワールド

ロシア、トランプ氏の対話重視の姿勢歓迎 就任後に首

ワールド

中国、呼吸器感染症でWHOと連携 「新型ウイルスで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 3
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映像に「弾薬が尽きていた」とウクライナ軍
  • 4
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 5
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 6
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 7
    「ポケモンGO」は中国のスパイ? CIAの道具?...大人…
  • 8
    大河ドラマ『べらぼう』が10倍面白くなる基礎知識! …
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    いち早く動いたソフトバンク...国内から「富の流出」…
  • 1
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 2
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 4
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 5
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も…
  • 6
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映…
  • 7
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 8
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 9
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 10
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中