最新記事

アメリカ経済

無駄な鉄道に突っ走るオバマ政権

国土が広大で人口密度の低いアメリカでは高速鉄道整備の費用対効果は望めない

2009年8月25日(火)16時56分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

走る補助金 膨大な政府補助金をつぎ込んだアムトラックの利便性は、一向に向上しなかった Joshua Lott-Reuters

 バラク・オバマ大統領が意気込む高速鉄道整備計画は、過去の失敗から学べない政府の無能さを示す典型的な例だ。1971年以来、アメリカ政府は約350億ドルの補助金をアムトラック(鉄道旅客輸送公社)につぎ込んできたが、ほとんど公共の利益になっていない。

 交通渋滞の緩和や石油消費量、温室効果ガスの排出量の面で、注目に値しない微々たるレベルの環境効果があった程度だ。恩恵を受けているのは、ごく僅かな利用者だけ。1日あたり1億4000万人が通勤するアメリカで、アムトラックを利用するのは7万8000人しかいない。1回の移動で約50ドルの補助を受けていることになる。

 そう考えれば、どんな間抜けな政治家でも鉄道事業への補助金など増やさないだろうと思うのが普通だ。しかも、今年から2019年までの間に、政府予算では11兆ドルの財源不足が見込まれることを考えると、なおさらだ。
 
 ところが、オバマ政権は高速鉄道計画を最優先事項に掲げた。既に130億ドルの予算(80億ドルを緊急景気対策として、今後5年に渡って年間10億ドルを配分)を、フィラデルフィア・ピッツバーグ間やヒューストン・ニューオーリンズ間など10路線の整備費として計上している。

 ホワイトハウスは夢のような未来像を描いてみせる。高速鉄道整備によって「高速道路や航空路線の混雑が緩和される」と、ジョー・バイデン副大統領は言う。二酸化炭素の排出量は「100万台の自動車を減らすのと同じ」くらい削減できると、オバマも主張する。

 渋滞を緩和し、地球温暖化と戦い、石油の輸入量を減らす──実に魅力的な未来像だ。国民も乗り気だ。多くのアメリカ人は鉄道が好きだし、外国の鉄道(例えばマドリードとバルセロナを時速240キロで結ぶスペインの高速鉄道)を引き合いにアメリカの技術が遅れていると嘆く。

総事業費は10路線で1250億ドル

 しかし1つ落とし穴がある。この未来像は幻想にすぎないのだ。高速鉄道のコストは莫大で、利用者への利益は乏しい。

 まず、オバマの高速鉄道計画は完成しない可能性がある。民間の投資家が資金を投じるかどうかも疑わしいし、政府も事業費の総額が明らかになれば及び腰になるだろう。米会計検査院によると、高速鉄道の整備費は1マイル(約1.6キロ)あたり最低で2200万ドル、最大で1億3200万ドルかかるという。ハーバード大学のエドワード・グレーザー経済学教授の試算によれば、1マイルあたり5000万ドルが現実的な平均額だ。1路線250マイルの高速鉄道を整備すれば125億ドル、10路線では1250億ドルにもなる。

 しかもこれは序の口にすぎない。間違いなく運賃も補助されるだろう。そうでなければ誰も利用しないからだ。こうした補助金すべてが、渋滞の緩和、高速道路の事故の減少、温室効果ガスの削減といった公共の利益として正当化できるのだろうか?

 ブログで、グレーザーは鉄道に関して好意的な意見を述べているが、それでも費用対効果が見合わないと指摘する。自動車100万台と同量の排出ガスが削減できるというオバマの主張を考えてみよう。仮にそれが実現したとしても(疑わしいが)、2007年に全米で登録されている自動車2億5400万台の0.5%にも達しない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中