最新記事

アメリカ社会

量産されるデザイナードッグの悲劇

2009年5月21日(木)19時54分
スザンヌ・スモーリー(ワシントン支局)

いもしない完璧な犬を求める風潮

 本誌が取材した飼育場の大半は、交配種の犬を販売していた。専門家によると、パピーミルで育てられた犬の約20%がデザイナードッグだ。なかでも人気が高いのは、パグルやラブラドゥードル、ヨーキープー(ヨークシャーテリアとプードルの交配種)だという。

 デザイナードッグは、親となる2匹にかかるコストよりもはるかに高い値が付くことがある。例えば1匹50ドルのビーグルと800ドルのパグを掛け合わせたパグルは、1匹1000ドル近くで売れる。

 オスのパグ1匹とメスのビーグル4匹を飼えば、ビーグルは平均6匹の子犬を年に2回出産するから、毎年48匹のパグルを「生産」できる。「ただに等しい2つの材料から、これほど高価な商品が生まれる事業はほかにない」と、デザイナードッグに関する著書があるキャロライン・コイルは言う。

 デザイナードッグが人気なのは、「交配種の犬は2つの犬種のいいところを受け継ぐ」と消費者が信じ込まされているためだ。

「欠点のない犬を欲しがるような人に受けている。しつけが行き届き、抜け毛もなく、まったく健康という完璧な犬を求める風潮に取り入っている」と、ラブラドルレトリバー・クラブの理事で獣医のフランシス・スミスは言う。「もちろん、そんな動物がいるはずはないのだが」

 一部の交配種は何十年も前から存在するが、今は悪徳ブリーダーが手当たり次第に新種をつくり出している。「彼らは『お望みならどんな犬でもつくれます』と言うが、ペンキを混ぜ合わせるようなわけにはいかない」と、メインライン・アニマル・レスキューのスミスは言う。

 交配種特有の問題もある。子犬が両親のどちらの特徴を受け継いで生まれてくるかを、正確に予想するのは不可能だ。人間にアレルギーを引き起こさない毛質を持っているかどうかは、犬が成長するまではっきりわからない。ラブラドゥードルの3匹に1匹は、プードルよりラブラドルに近い毛質になるという推定もある。

 体重にもばらつきが出る。平均的なラブラドゥードルは23キロ前後だが、専門家によれば8・5〜40キロ程度のばらつきが生じている。

 コーネル大学獣医学科のグレゴリー・アクランド教授は、消費者は業者の言うことを額面どおりに受け取り過ぎていると言う。「犬の交配は、フォレスト・ガンプの言うチョコレート箱だ。開けるまで何が出てくるかわからない」

 だからこそ一部の愛犬家は、ホワイトハウスのペットに純血種を熱心に勧めていた。「純血種は、どんな犬に育つか予想しやすい」と、アメリカン・ケネルクラブの広報担当リサ・ピーターソンは言う。民主党のエドワード・ケネディ上院議員も、ミシェル・オバマ夫人お気に入りのポルトガルウオータードッグを3匹飼っていて、「完璧な選択」と勧めていた。

オバマ家は正しかった?

 だが、オバマ家の選択に首をかしげる専門家もいる。ポルトガルウオータードッグは活発過ぎる傾向があるためだ。

 全米ポルトガルウオータードッグ・クラブの幹部も「犬を飼ったことのない家族には、少し大変かもしれない」と語っている。高価なアンティークの並ぶ家で飼うなら、なおさらのことだ。オバマ家と同じ犬を欲しがる人々が、劣悪な環境で繁殖される犬の需要をあおることにもなりかねない。

 しかしオバマ家の場合は、どんな犬を選択しても、他のあらゆる選択と同じく厳しい目にさらされていただろう。「初めての犬選びは、ただでさえ大変。これほど注目されるなかで選ぶのは、さらに大変になる。心から同情する」と、国際ドゥードル・オーナーズグループのN・ベス・ラインは言う。オバマも1月のテレビインタビューで、「商務長官を選ぶより難しい」と漏らしていた。

 今まで流行した犬には、『名犬ラッシー』のコリーや、ディズニー映画に登場したダルメシアン、ドッグショーで優勝したニューファンドランドなどがある。交配種であろうとなかろうと、オバマ家の選択が特定の犬種の人気を高めるのは避けられない。

 それでもオバマ家が犬選びで見せた慎重な姿勢は、アメリカ人に多くのことを教えたはずだ。ペットを飼うのは自分を見詰める作業であり、それなりの義務が付きまとうということを、大統領一家は示していた。

 飼育場の多い地域では、ファーストドッグへの期待より新たな規制への動揺のほうが大きい。ペンシルベニア州ランカスター郡で飼育場を経営するメノー派のエドウィン(名字は名乗らなかった)は「あれが全部なくなってしまう」と語る。彼の指さす先には、檻がたくさん積み上げられている。

 これまでエドウィンはミニピンシャーやラブラドルなどの犬種を繁殖させ、1匹当たり350ドルで売ってきた。「子供の頃から築いてきたビジネスが、すべて取り上げられてしまう」と、エドウィンは言う。

「犬は人間の最良の友」といわれる。エドウィンの飼育場の檻にいる4本足の動物も「人間の最良の友」なら、彼らに優しい繁殖の方法があっていい。

[2009年4月29日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中