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元祖エコ大国の復活が始まる

2009年4月9日(木)11時34分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

発明と商品化がお家芸

 研究機関や新興企業でも、アメリカのエコ化は急速に進んでいる。ロンドンの調査会社ニュー・エナジー・ファイナンスのマイケル・リーブライヒCEO(最高経営責任者)によれば、アメリカでクリーンな技術開発に投資される資金は1年間にヨーロッパ全体の5〜7倍。ローテク技術の開発や既存技術の改良ではヨーロッパと日本が抜きんでていると、リーブライヒは言う。だがアメリカは、画期的な技術の発明・商品化という得意分野で頭角を現してきた。

 ファースト・ソーラー社(アリゾナ州)は薄膜太陽光発電モジュールで大幅なコストダウンを実現し、時価総額で世界一の太陽光発電企業に成長した。ほかにも多くのベンチャー企業が、エネルギー供給のあり方を変える「スマート電力網」やエネルギー貯蔵技術の開発に取り組んでいる。

 ベター・プレース社は日産、ルノーと連携し、本拠地カリフォルニアとデンマークで電気自動車用の交通インフラ整備に着手した。バイオテクノロジー産業もあらためてエネルギー分野に注目し、海藻由来のバイオマス燃料や植物の光合成をモデルとした有機太陽光電池の開発に取り組んでいる。

 アメリカの強みは革新的テクノロジーの商品化にある。「クリーンエネルギーの分野でアメリカが持ち前の起業家精神を十分に発揮すれば、ヨーロッパは取り残される」と、エコロジックのクレーマーは言う。

 オバマ政権の登場で、その動きはいっそう加速するかもしれない。「ヨーロッパ人は有機野菜を買い、太陽光発電に助成金を出すなど、エコなイメージが強い」と、クリーンテクのパーカーは言う。しかし、物価や時代の変化に応じて身軽に生活を変えるのはアメリカ人のほうだと、パーカーは指摘する。

 過去4年間にアメリカでは100万台以上のハイブリッド車が売れたが、ヨーロッパでは20万台にとどまった。ガソリン価格が1ガロン=4ドルにまで高騰した昨年6月、アメリカ人の運転距離は約193億キロ減り(前年同月比の4.7%減)、公共交通機関による移動は9.5%増えた。 

 車の購買パターンにも大きな変化があった。SUV(スポーツユーティリティー車)の売り上げは激減し、小型車とハイブリッド車がシェアを伸ばした(最近は世界不況のあおりで、ハイブリッド車の販売台数も低迷しているが)。

 ウォルマートやホールフーズなどの小売り大手には、消費パターンを変える力がある。週1億人の顧客が訪れるウォルマートは、省エネ型電球や有害物質の少ない家庭用洗剤を広めるキャンペーンを行った。

 その結果、電球を作るゼネラル・エレクトリック(GE)や洗剤のプロクター・アンド・ギャンブルといったメーカーがエコな商品の製造を促されることになった。消費者と商品供給プロセスへの影響力という点でアメリカ勢に勝る企業はヨーロッパや日本には見あたらないと、クレーマーは言う。

 ヨーロッパにもアメリカがすぐには追いつけそうにない分野がある。公共交通網、リサイクル制度、ゴミと埋立地の管理などだ。

 これは地理的・歴史的要因が大きい。ヨーロッパの都市は歴史が古く、人口が密集しているため、車を乗り回すようにはできていない。このため自家用車への依存度が低い都市型のライフスタイルが定着している。

 アメリカでも多くの州や都市が「スマート・グロース(賢い成長)」のコンセプトを導入し、すべての区画を歩道や公共交通網で結ぼうとしている。だが、こうしたトレンドはまだ始まったばかりだ。

リーダーの資質は十分

 経済危機と原油価格の急落によって、地球温暖化や環境保護への関心が薄れる可能性もささやかれている。実際、風力発電施設や環境技術のベンチャー企業など、エコな事業への投資は枯渇状態といっていい。

 原油価格の急落が環境対策への意欲をそいだ度合いは、ヨーロッパよりアメリカのほうが大きかった。その理由は二つある。まず原油が高かったときにもユーロ高が進んでいたことで、もともとヨーロッパは原油高の影響が比較的小さかったこと。そのため、原油価格急落の心理的影響も小さい。もう一つは、アメリカはヨーロッパに比べてガソリン税が格段に低いため、原油価格の下落から受ける恩恵が大きいことだ。

 しかし、ヨーロッパでも「優先順位」は変わりつつある。環境対策の優等生だったドイツも、今は自動車など不況に苦しむ産業を新しい規制から守るため、EU内で熱心なロビー活動を展開している。

 環境対策の劣等生というアメリカのイメージは、すぐには変わらないだろう。温室効果ガスの削減に向けた全国的な取り組みも、足止めを食いかねない。アメリカと世界が経済の立て直しに苦しむなか、環境政策には何かと横やりが入るだろう。

 しかし一つ確かなのは、アメリカが劣等生だった時代は終わったということだ。ヨーロッパ、アジアとの間では、新たな議論と競争が始まっている。

 本当に望むのなら、アメリカはリーダーの座に返り咲ける。 

[2009年3月18日号掲載]

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