世界一を狙わなかったスパコン富岳が、結果的に世界4冠を獲得できた意外な理由
米中覇権争いは次世代スパコンでも......
そして今、世界のトップ・スパコンは「ペタ」から「エクサ(1000ペタ)」への世代交代を迎えようとしている。早ければ2021~22年頃の完成をめざして、米国や中国が現在開発を進めている次世代スパコンは、(どちらが先に完成するかはわからないが)世界で初めてエクサ・フロップスの壁を突破すると見られている。
これに対し富岳の計算速度(20年11月に発表された実測値)は、442ペタ・フロップスと「エクサ」には達していない(前述のHPL-AI部門におけるエクサ達成は「半精度演算」と呼ばれる特殊なケースなので、残念ながらTOP500のようなスピード競争の記録には含まれない)。またスパコンに搭載されるCPUの総数やその動作周波数などから理論的に算出される「ピーク性能」でも、富岳はエクサ・スケールに届かないことが確定している。
これについて理研の松岡センター長をはじめ富岳の関係者は「今時、単なる計算速度にこだわることは、実用的な観点からはナンセンス」と見ている。
しかし、こうした「スパコンのスピード競争」を、ある種の国際ゲームのような感覚で捉えるならば、ペタからエクサへの世代交代はそれなりの意味がある。ちょうど、4年に1度のオリンピックやパラリンピックにおける獲得メダル数を各国が競い、自慢し合うのと同じような感覚だ。
特に米中両国は今、AIやバイオなど先端技術の分野で激しい開発競争を繰り広げており、それらの科学研究を支えるコンピューティング基盤として、スパコンの計算速度は象徴的な意味を持つ。つまり(TOP500で)エクサ・スケールの壁を世界で初めて突破したスパコンを開発した国が、来る世界のハイテク覇権を握るというわけだ。
小林 雅一(こばやし・まさかず)
作家・ジャーナリスト、KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授
1963年、群馬県生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科・修士課程を修了後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミュニケーションの修士号を取得。ニューヨークで新聞社勤務、帰国後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとった後、現職。