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世界一を狙わなかったスパコン富岳が、結果的に世界4冠を獲得できた意外な理由

2021年4月25日(日)19時10分
小林雅一(作家・ジャーナリスト、KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

それが最もよく表れているのは、富岳のアーキテクチャとして(かつて京が採用した)非主流派のSPARCに代わって主流派の「ARM」を採用したことだ。

本来「アーキテクチャ(構造)」とは建築学の専門用語だが、ここで言うアーキテクチャとはコンピュータの「命令セット・アーキテクチャ」のことで、「ハードウェアとソフトウェアのインタフェース(境界線)」を規定する部分だ。

と言われても一般の読者にはピンと来ないと思うが、ざっくり言えばアーキテクチャとは「あるコンピュータ(この場合、スパコン)の基本的な性格を形作る設計思想」あるいは「設計様式」と言うことができるだろう。

パソコンやスマホなども含め、コンピュータ業界でよく採用されるアーキテクチャには何種類かあるが、おそらく最もよく知られているのは「x86」だろう。これは私たちが普段使っているウィンドウズPCに搭載されている、インテルやAMD(Advanced Micro Devices)製のCPUのアーキテクチャだ。ちょっと驚かれるかもしれないが、従来パソコン用のアーキテクチャと見られたx86は、やがてスパコンのような超高速の大型計算機にも採用されるようになった。

省電力で身近なアプリも使える設計

一方、SPARCは今から30年以上前に日の出の勢いだった米国のコンピュータ・メーカー、サン・マイクロシステムズが1985年に発表したアーキテクチャだ(同社はその後、米オラクルに買収されて独立企業としては消滅した)。

SPARCは今なおコンピュータ技術者のような玄人筋の間では高い評価を受けているが、一般ユーザーにとって使えるアプリケーションの数が少ないので、最近のIT業界では非主流派と目されている。

これに対しARMは英ARMホールディングスが90年代から提供してきたアーキテクチャで、今世紀に入ると徐々に勢力を広げて、今やスマートフォンやタブレットなどモバイル端末で事実上の業界標準となっている。また最近では、アマゾンがクラウド・サーバー用のアーキテクチャとしてARMを採用するなど、より大型で高性能のコンピュータにも市場を拡大しつつある。

このARMとx86は、現在のIT業界で主流アーキテクチャの座をめぐり鍔迫ぜり合いを演じているが、最近はスマホのようなモバイル端末の普及に伴い「省電力性」を売りにするARMのほうが勢いを増している。このためARMで使えるアプリケーションの数はどんどん増えている。

理研・富士通の共同チームが、富岳のアーキテクチャをARMに決めた理由はまさにここにある。最近のIT業界で主流化しているARMを採用すれば、マシンの消費電力を抑えると共に、「スパコンの上でも『パワーポイント』のように身近なアプリが使えるようになる」。つまりユーザーにとって、スパコンの用途が広がり使い勝手が高まるのだ。

世代交代する端境期に生まれた超高速マシン

一方、性能面、特に純粋な計算速度から評価した富岳は、世界のトップ・スパコンが世代交代する端境期に生まれた超高速マシンと見ることができる。ただ、こうした言い方は、理研や富士通をはじめ富岳の関係者には気に障る表現であろう。これはスパコン業界ならではの、歴史的なこだわりがあるからだ。

スパコンの計算速度は伝統的に「LINPACK」と呼ばれるベンチマーク・テストで測定され、それにもとづく世界的順位は「TOP500」と呼ばれるリストで発表される。

このリストからスパコンの歴史を振り返ると、おおむね10年毎に計算速度が1000倍に増加してきた。たとえば1997年にはテラ(1兆)フロップス級の計算速度を記録するスパコンが開発され、それから約10年後となる2008年にはペタ(1000兆)級のスパコンが登場した(ちなみに、いずれも米国製マシンだ)。

このように速度単位が切り替わる「1000倍のスピードアップ」をもって、世界の(トップクラスの)スパコンは世代交代を遂げたと見なされている。

もちろん、その間の10年も世界のスパコンの計算速度は徐々に上昇していったが、この業界の関係者の間では「10年に1度の世代交代を成し遂げたスパコンこそ、歴史に名を残す偉大なマシンだ」という一種のこだわりがあるようだ。

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