最新記事
追悼

34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド最強のタフガイ」ジーン・ハックマンの人生を振り返る

The Actor’s Actor

2025年3月5日(水)17時12分
ウィル・ジェフリー(シドニー大学非常勤講師)
ジーン・ハックマン(Gene Hackman)

80本を超える映画に出演したハックマン VERA ANDERSONーWIREIMAGE/GETTY IMAGES

<「俳優の中の俳優」と尊敬を集めた稀代の名優ジーン・ハックマンは権威と差別を嫌った反骨の人でもあった──【追悼】>

1970〜80年代のハリウッドに君臨し、生涯に80本を超える映画に出演した巨星ジーン・ハックマン(Gene Hackman)がこの世を去った。95歳だった。

2月26日、ハックマンは米ニューメキシコ州サンタフェの自宅で、妻でピアニストのベッツィ・アラカワ(Betsy Arakawa)と愛犬と共に、遺体で発見された。


無骨で圧倒的な存在感を放ち、感情をむき出しにする生々しい演技で知られた。スクリーンでは常にタフガイで、恋愛映画で主演したことは一度もなく、プライベートでは静かな生活を好んだ。

私が初めてハックマンを見たのは『ポセイドン・アドベンチャー(The Poseidon Adventure)』(72年)だった。子供の頃、父と一緒に家で鑑賞したのだ。

父は転覆した豪華客船内で起きるパニックを目当てにこの映画を選んだが、私の心にはハックマンが焼き付いた。燃え盛る炎の上で圧力バルブにぶら下がり、自分たちを見捨てた神を呪うハックマンの姿に心をわしづかみにされたのを、今も鮮明に覚えている。

彼ほど人間味と慎み深さをにじませつつ威厳を表現できた俳優は、今も昔もいない。映画界で「俳優の中の俳優」と尊敬を集め、2004年に引退を表明した際にはクリント・イーストウッド(Clint Eastwood)が「何とも惜しい」と述べた。

『ポセイドン・アドベンチャー』では生存者を救おうとする牧師を熱演したジーン・ハックマン

『ポセイドン・アドベンチャー』では生存者を救おうとする牧師を熱演 EVERETT COLLECTION/AFLO

ハックマンは1930年1月30日、米カリフォルニア州サンバーナディーノで生まれた。一家は彼が3歳の時にイリノイ州ダンビルに移り、13歳の時に父が家を出た。

後年、ジェームズ・リプトン(James Lipton)のテレビ番組『アクターズ・スタジオ・インタビュー(Inside the Actors Studio)』の中で、ハックマンは「父は軽く手を振り、車で走り去った」と述懐している。

34歳まで下積みに耐え

16歳でダンビルを出て、海兵隊に入った。4年ほどして除隊すると、俳優を目指してニューヨークに向かった。周囲には、タフガイ役に定評のあるジェームズ・キャグニー(James"Jimmy"Cagney)が憧れの人だと語っていた。

だが下積みは厳しく、チャンスは巡ってこない。親戚には「諦めて堅気の仕事に就け」と諭された。

その後カリフォルニアに移り、ダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman)と親交を結んだ(2人は03年の法廷劇『ニューオーリンズ・トライアル(Runaway Jury)』で、初共演を果たした)。

カリフォルニアでもなかなか芽は出ず、新進スターだったウォーレン・ベイティ(Warren Beatty)主演の『リリス(Lilith)』に端役で出演し、初めてクレジットに名前が載ったのが1964年。ハックマンは34歳になっていた。

リプトンに語ったところによると、このときハックマンの演技に舌を巻いたベイティが、彼をアーサー・ペン(Arthur Penn)監督に売り込んだのだという。

こうしてハックマンはベイティ主演『俺たちに明日はない(Bonnie and Clyde)』(67年)で主人公の兄役に抜擢され、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。

引退後は小説を執筆

『フレンチ・コネクション』のジーン・ハックマン

代表作『フレンチ・コネクション』 PHOTOFEST/AFLO

70年代に入ってからは主演俳優としてキャリアを築いた。70年代を通じて絶大な人気を誇り、ロバート・レッドフォード(Robert Redford)やハリソン・フォード(Harrison Ford)と興行収入のトップを争った。

『フレンチ・コネクション(The French Connection)』(71年)のこわもて刑事ジミー・ドイル役で忘れ難い印象を残し、アカデミー賞主演男優賞を受賞した。

92年にはイーストウッド監督・主演『許されざる者(Unforgiven)』で保安官を演じ、2度目のオスカー(助演男優賞)に輝いた。

名演技は数え切れないが、私は『許されざる者』『フレンチ・コネクション』『ポセイドン・アドベンチャー』『カンバセーション...盗聴...(The Conversation)』(74年)、『勝利への旅立ち(Hoosiers)』(86年)、『ミシシッピー・バーニング(Mississippi Burning)』(88年)、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(The Royal Tenenbaums)』(2001年)を挙げたい。

ハックマンは権威や人種差別が嫌いだったと、『フレンチ・コネクション』のウィリアム・フリードキン監督は16年にインタビューで語った。

監督によれば『フレンチ・コネクション』の撮影が始まって間もなく、ハックマンは降板したいと言い出した。撮影終了まで4カ月も「人をぶちのめす」のは「耐えられそうにない」というのが理由で、フリードキンはこれを突っぱねた。

後年には「あの映画が突破口だった」と振り返り、降板を許さなかったフリードキンに感謝をささげている。

ハックマンいわく、ドイル刑事は「差別主義者」だった。ハックマンがある重要なシーンで黒人に対する差別語を口にするのをためらったのは、有名な話だ。最後には「ドイルはそういう男なのだ......ごまかしても仕方がない」と自分に言い聞かせ、セリフを言ったという。

ヒーローでも悪役でも、権威があるように見えて、やがて弱さや欠点が露呈するキャラクターをたびたび演じた。例えば『ポセイドン・アドベンチャー』の独善的なスコット牧師は、生存者を率いて船から脱出しようとしながら、自分の信仰に疑問を抱く。

ハックマンは74歳で一線を退いた。引退後は歴史小説などを執筆し、絵を描き、サイクリングを楽しんだ。1991年に結婚したアラカワと、自分で設計したサンタフェの家で最後まで暮らした。

多彩な役柄を演じた多才な男は『フレンチ・コネクション』のタフガイとして記憶され、俳優の中の俳優として語り継がれることだろう。

The Conversation

Will Jeffery, Sessional Academic, Discipline of Film Studies, University of Sydney

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 トランプショック
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月22日号(4月15日発売)は「トランプショック」特集。関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


SDGs
使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国が通商交渉官を交代、元WTO大使起用 米中摩擦

ワールド

ユニセフ、26年度予算は24年から2割減と想定 米

ワールド

米コロナワクチン追加接種限定を議論、諮問委が第2次

ビジネス

ガソリンなどほぼ全ての製品コスト低下、トランプ氏が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ印がある」説が話題...「インディゴチルドレン?」
  • 4
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 6
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 7
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 8
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 9
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 10
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中