34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド最強のタフガイ」ジーン・ハックマンの人生を振り返る
The Actor’s Actor

80本を超える映画に出演したハックマン VERA ANDERSONーWIREIMAGE/GETTY IMAGES
<「俳優の中の俳優」と尊敬を集めた稀代の名優ジーン・ハックマンは権威と差別を嫌った反骨の人でもあった──【追悼】>
1970〜80年代のハリウッドに君臨し、生涯に80本を超える映画に出演した巨星ジーン・ハックマン(Gene Hackman)がこの世を去った。95歳だった。
2月26日、ハックマンは米ニューメキシコ州サンタフェの自宅で、妻でピアニストのベッツィ・アラカワ(Betsy Arakawa)と愛犬と共に、遺体で発見された。
無骨で圧倒的な存在感を放ち、感情をむき出しにする生々しい演技で知られた。スクリーンでは常にタフガイで、恋愛映画で主演したことは一度もなく、プライベートでは静かな生活を好んだ。
私が初めてハックマンを見たのは『ポセイドン・アドベンチャー(The Poseidon Adventure)』(72年)だった。子供の頃、父と一緒に家で鑑賞したのだ。
父は転覆した豪華客船内で起きるパニックを目当てにこの映画を選んだが、私の心にはハックマンが焼き付いた。燃え盛る炎の上で圧力バルブにぶら下がり、自分たちを見捨てた神を呪うハックマンの姿に心をわしづかみにされたのを、今も鮮明に覚えている。
彼ほど人間味と慎み深さをにじませつつ威厳を表現できた俳優は、今も昔もいない。映画界で「俳優の中の俳優」と尊敬を集め、2004年に引退を表明した際にはクリント・イーストウッド(Clint Eastwood)が「何とも惜しい」と述べた。
ハックマンは1930年1月30日、米カリフォルニア州サンバーナディーノで生まれた。一家は彼が3歳の時にイリノイ州ダンビルに移り、13歳の時に父が家を出た。
後年、ジェームズ・リプトン(James Lipton)のテレビ番組『アクターズ・スタジオ・インタビュー(Inside the Actors Studio)』の中で、ハックマンは「父は軽く手を振り、車で走り去った」と述懐している。
34歳まで下積みに耐え
16歳でダンビルを出て、海兵隊に入った。4年ほどして除隊すると、俳優を目指してニューヨークに向かった。周囲には、タフガイ役に定評のあるジェームズ・キャグニー(James"Jimmy"Cagney)が憧れの人だと語っていた。
だが下積みは厳しく、チャンスは巡ってこない。親戚には「諦めて堅気の仕事に就け」と諭された。
その後カリフォルニアに移り、ダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman)と親交を結んだ(2人は03年の法廷劇『ニューオーリンズ・トライアル(Runaway Jury)』で、初共演を果たした)。
カリフォルニアでもなかなか芽は出ず、新進スターだったウォーレン・ベイティ(Warren Beatty)主演の『リリス(Lilith)』に端役で出演し、初めてクレジットに名前が載ったのが1964年。ハックマンは34歳になっていた。
リプトンに語ったところによると、このときハックマンの演技に舌を巻いたベイティが、彼をアーサー・ペン(Arthur Penn)監督に売り込んだのだという。
こうしてハックマンはベイティ主演『俺たちに明日はない(Bonnie and Clyde)』(67年)で主人公の兄役に抜擢され、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。
引退後は小説を執筆
70年代に入ってからは主演俳優としてキャリアを築いた。70年代を通じて絶大な人気を誇り、ロバート・レッドフォード(Robert Redford)やハリソン・フォード(Harrison Ford)と興行収入のトップを争った。
『フレンチ・コネクション(The French Connection)』(71年)のこわもて刑事ジミー・ドイル役で忘れ難い印象を残し、アカデミー賞主演男優賞を受賞した。
92年にはイーストウッド監督・主演『許されざる者(Unforgiven)』で保安官を演じ、2度目のオスカー(助演男優賞)に輝いた。
名演技は数え切れないが、私は『許されざる者』『フレンチ・コネクション』『ポセイドン・アドベンチャー』『カンバセーション...盗聴...(The Conversation)』(74年)、『勝利への旅立ち(Hoosiers)』(86年)、『ミシシッピー・バーニング(Mississippi Burning)』(88年)、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(The Royal Tenenbaums)』(2001年)を挙げたい。
ハックマンは権威や人種差別が嫌いだったと、『フレンチ・コネクション』のウィリアム・フリードキン監督は16年にインタビューで語った。
監督によれば『フレンチ・コネクション』の撮影が始まって間もなく、ハックマンは降板したいと言い出した。撮影終了まで4カ月も「人をぶちのめす」のは「耐えられそうにない」というのが理由で、フリードキンはこれを突っぱねた。
後年には「あの映画が突破口だった」と振り返り、降板を許さなかったフリードキンに感謝をささげている。
ハックマンいわく、ドイル刑事は「差別主義者」だった。ハックマンがある重要なシーンで黒人に対する差別語を口にするのをためらったのは、有名な話だ。最後には「ドイルはそういう男なのだ......ごまかしても仕方がない」と自分に言い聞かせ、セリフを言ったという。
ヒーローでも悪役でも、権威があるように見えて、やがて弱さや欠点が露呈するキャラクターをたびたび演じた。例えば『ポセイドン・アドベンチャー』の独善的なスコット牧師は、生存者を率いて船から脱出しようとしながら、自分の信仰に疑問を抱く。
ハックマンは74歳で一線を退いた。引退後は歴史小説などを執筆し、絵を描き、サイクリングを楽しんだ。1991年に結婚したアラカワと、自分で設計したサンタフェの家で最後まで暮らした。
多彩な役柄を演じた多才な男は『フレンチ・コネクション』のタフガイとして記憶され、俳優の中の俳優として語り継がれることだろう。
Will Jeffery, Sessional Academic, Discipline of Film Studies, University of Sydney
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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