ピアニスト角野隼斗の音を作る、調律師の知られざる世界...「かてぃんピアノ」はこうして生まれた
BEHIND EVERY NOTE
私も40年近くこの仕事をやっていますが、グランドピアノよりアップライトで有利な音を出すという発想は、考えたこともありませんでした。「かてぃんピアノ」の原型です。
ここにマジックテープやネジの仕掛けを組み込み、独自のピアノをつくり出しました。このアップライトピアノはツアーのたびに搬送しています。
コンサート調律での調律師の役割は、調律そのものでピアノをよくすることはもちろん大事ですが、コンサートが成功するところに目的意識を向けることです。
ピアニストの希望の音に合わせる前に、そもそもピアノ自体の調律をしてピアノを完成させねばなりません。弦は鉄でできていますから、ホールの温度が少し低かったなら、弦が伸びてくることも考え、温度が安定するまで別の作業をして、調律に取りかかることもあります。
グランドピアノもアップライトも、コンサートでは私が調律した後、角野さんがリハーサルで初めて弾きます。
角野さんは、言葉にすることが難しいときには「この辺が、うーん」という感じで伝えてくることもあります。この音の成分が周りに比べて余分ということか、と私が推測して「こうですか?」と直すと、「そうです」とか「というよりは......」と。