「精緻で美しい奇跡」ノーベル賞作家ハン・ガン『別れを告げない』、米メディア書評
Han Kang’s Great Unerasing
『別れを告げない』のキョンハは本の執筆後、悪夢に悩まされる。野原から山を見ると、黒い木が「何千人もの男、女、痩せた子供らが肩をすぼめてうずくまり、雪をかぶっているかのように」林立している。そこへ海が押し寄せ、墓碑めいた木々を押し流す──。
キョンハはドキュメンタリー映画作家の女友達インソンと、夢の光景を映像にしようと語り合う。だが企画は進まず、2人は疎遠になった。
数年後、キョンハの元にインソンから「すぐ来てくれる?」とメールが届く。インソンはお蔵入りになったはずの映画用に木を切っていて大けがをし、入院していた。
インソンがカメラを向けてきたのは、戦時のベトナムや満州で性暴力をはじめ想像を絶する苦難に耐えた末、世間に忘れられた女たちだ。
夢と現実の境を舞台に
キョンハとインソンの生き方やハンが光州事件を知った経緯は、中国系アメリカ人ジャーナリストのアイリス・チャンを思い起こさせる。日中戦争で日本軍が行った残虐行為の写真を目にしたとき、「その一瞬で、人間という存在のはかなさを悟った」と彼女は述懐した。
チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京──第二次世界大戦の忘れられたホロコースト』(邦訳・同時代社)は1997年に出版され、南京事件を風化から救った。チャンはその7年後、「バターン死の行進」に関する新作のリサーチをしている途中で自死した。