最新記事
ハラスメント

「後輩を誘い2人だけ残って稽古」はNG? 演劇界「ハラスメント勉強会」が突き付ける根源的な問い

2024年12月5日(木)16時00分
取材・文=柾木博行(本誌記者)

──勉強会の開催の先には、ガイドラインの策定もあるそうですが。

「どこまで細かくするか、どれだけ実効性をもたせるかといった問題はありますが、団体としてどういう方針なのかを自分たちで考えて、短くてもいいのでまとめて公表することはすごく大事です。若い創作集団でもステートメントを出していたりします。ハラスメントをどう思うかは、人によって違う。世代や環境によって捉え方は変わりやすいし、キャリアの違いも影響してくるからこそ、相互理解が求められている。

例えとして話すのですが、子どもの頃に『巨人の星』とか『アタックNo.1』を見て育った人とそうでない人、もしかしたら『ONE PIECE』とか『プリキュアシリーズ』を見て育った人とは、ハラスメントに対するイメージ、考え方に違いが生まれやすいんじゃないかと。かつてはスポ根が普通で、無理強いや犠牲は仕方ない、それを乗り越えて成長するんだという感覚が世の中にありました。今ではスポーツの世界などで、厳しい環境でものびやかに育ちながら自由にチャレンジをする、そして才能が認められていくストーリーに世間の共感するポイントが変わってきていると思います。教育の場でハラスメントやジェンダーについて学んだ人がいるのも、これまでとの違いです。

舞台芸術は、お互いに刺激しあいながら常にそれを受け止め、変化することで形作られていく特殊な形態の芸術だと考えられます。そのためにはまず、ハラスメントのない「安全・安心な」環境であるという共通認識、場や関係性に対する信頼感が必須です。その前提のもと、アーティストにとっての「自由な」状態のためにお互いのリスペクトが土台として不可欠だという考えが、この勉強会のタイトルに込められています。勉強会ではこういった舞台芸術の特性に由来するリスペクトの重要性や、先ほどの「立場と役割」など尊重すべき3つのポイントをお話しています」

文化庁などのサポートの充実も後押し

古元が講師を務める勉強会は、1つの団体が2度、3度と開催しているケースもある。それは1度やっただけでは身につかないことや、時間が経つと受け止め方や考え方に変化が起きていくため、繰り返し学ぶことでずっと理解が深まるからだという。

また、制度的なサポートが充実してきたことも大きい。文化庁が2023年度の後半から講習や専門家を招へいする費用の半額(上限20万円)を助成するようになったほか、東京都の芸術支援組織「アーツカウンシル東京」でも一部の公演等の助成では、作品制作の費用とは別枠でハラスメント対策の費用が助成対象経費とされているという。

こうして舞台の世界でも広がりつつあるハラスメント対策の取り組み。だが、舞台芸術の世界では、一人のカリスマ性ある人物が集団を率いて創作活動を行うことが多く、かつてはそういった主宰者が稽古場で物を投げつけたり、執拗に「ダメ出し」をして同じ場面を繰り返し演じさせることは、半ば当たり前のこととして容認されてきた。

そういったある種のマインドコントロール的な人心掌握に長けたカリスマが、ハラスメントを行う人物として消えたときに、果たして舞台芸術のもつ魅力は削ぎ落とされることはないのか? ハラスメントのない安心・安全な創作環境づくりとともに、舞台芸術に携わる者たちに突きつけられる今後の課題だと言えるだろう。

20250114issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月14日号(1月7日発売)は「中国の宇宙軍拡」特集。軍事・民間で宇宙支配を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ次期大統領、新関税で経済緊急事態を検討 C

ワールド

仏外相「領土攻撃をEU容認せず」、グリーンランド巡

ビジネス

ユーロ圏貯蓄率、目先高止まりか インフレで資産目減

ワールド

ガザ各地にイスラエル空爆、少なくとも22人死亡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 2
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 3
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 9
    マクドナルド「多様性目標」を縮小へ...最高裁判決の…
  • 10
    レザーパンツで「女性特有の感染症リスク」が増加...…
  • 1
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 2
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 3
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 4
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを…
  • 8
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 9
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 10
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中