最新記事
映画

トランプ伝記映画レビュー レイプ、脂肪吸引、テレビ取材...「本人が激怒しそうなシーン」

Monstrous Self-Regard

2024年6月15日(土)18時45分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)
映画『アプレンティス』 セバスチャン・スタン演じるトランプ

セバスチャン・スタン(右)が若き日のトランプを演じる映画『アプレンティス』 TAILORED FILMS LTD.ーSLATE

<トランプがいかにトランプになったかを描く、アリ・アッバシ監督作『アプレンティス』。カンヌでプレミア上映され、トランプ陣営が公開中止を勧告した本作は、一体どんな作品か>

ドナルド・トランプほど伝記映画が似合わない人物がいるだろうか。

伝記映画には暗黙の約束がある。それは、歴史という顕微鏡では見えない何かを、事実をフィクションというフィルターに通さなければ明らかにできない何かを、表現するということだ。

5月にカンヌ国際映画祭でプレミア上映された『アプレンティス』は、ニューヨークで冷酷な権力ブローカーのロイ・コーンに師事したトランプが、いかにしてトランプになったかを描いている。監督はイラン系デンマーク人のアリ・アッバシ。ジャーナリストのガブリエル・シャーマンが脚本を手がけた。

しかし致命的なことに、この伝記映画はコーンとトランプの心の中について、私たちが知らないことを何も教えてくれない。

トランプを批判していないという意味ではない。むしろ、これほどこびない描き方は想像できないくらいだ。

セバスチャン・スタンが演じるトランプは、ヘアスプレーをたっぷりかけ、カラースプレーで日焼けした肌を作った中身は空っぽの男。怪物的な自尊心だけが取りえの、うつろな目をした誇大妄想狂だ。

アウターボロー(ニューヨークのマンハッタン以外の行政区)の地主の息子が、1980年代の過激なマンハッタンで不動産王に成り上がる。業者をこき使い、アンフェタミンを頰張って、最初の妻イバナに女性の解剖学的構造を勉強しろとほのめかされて口論になりレイプする。

初期の映画評では、あえてレイプシーンとは呼ばないものもあった。しかし、妻を床に投げ飛ばし、下着を剝ぎ取って力ずくで性交する場面を、ほかにどう解釈すればいいのだろうか。

レイプシーンの後に、とびきり素晴らしい場面

もっとも、トランプが90年代に女性ジャーナリストに性的暴行をしたと認定した民事裁判を信用している人々に、物語の中の新たな事例は必要ないだろう。

そして、そのような判決も報道も認めようとせず、トランプ自身が認めていることさえも否定し無視している人々は、そもそも『アプレンティス』を見ないだろうし、その内容に考えを覆されることもないだろう。

トランプは以前から、レイプされたという元妻の訴えを否定している(イバナ自身も後に「メリットがない」と撤回した)。今年5月末にはトランプの弁護士が『アプレンティス』の製作陣に対し、アメリカでの公開を中止するように勧告書を送付した。

事の真偽はともかく、このシーンはトランプが周囲に見られたい姿を描いているのだろう。自分が何を欲しいのかを分かっていて、躊躇も謝罪もなくそれを手に入れる男だ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中