最新記事
ドラマ

ロバート・ダウニーJr.が1人4役の理由...異色のベトナム戦争ドラマ『シンパサイザー』は主演俳優にクギ付け

Stylish, Satirical Spooks

2024年5月10日(金)20時35分
ローラ・ミラー(コラムニスト)

つまり、主要なアメリカ人登場人物の大半を、ダウニーJr.一人が演じている。最初のうち、この選択は人種差別的な「あの人たち、見分けがつかない」という侮辱の裏返しとして機能する。4人のアメリカ人男性は、それぞれ異なる形とはいえ、いかにもアメリカ人的にグロテスクだ。

魅力的な主役の末路は

教授は研究室を障子で飾り、日系アメリカ人の秘書(サンドラ・オー)に向かって自身の文化に無関心だと文句を言う(「私はアメリカ人です」と、秘書は言い返す)。映画監督は大げさなかんしゃくを起こし、政治家はご想像どおりで、嘘くさい日焼け肌のCIA職員はシニカルだ。

こうした風刺は少量なら、大きな効果がある。だが本作の最大の欠点は、ダウニーJr.の過剰な演技がだらだら続くせいで停滞に陥ることだ。

オリバー・ストーン監督やフランシス・コッポラ監督のベトナム描写を皮肉るような大尉の映画業界体験は、原作の最高に笑える部分の1つ。だがドラマ版では、早くダウニーJr.が退場して、ベトナム人俳優たちが再登場してほしいと思ってしまう。

本作は、ベトナムが世界の中心のような感覚を見事に生み出している。ひどい食べ物やみすぼらしい建物、ネズミとゴキブリだらけのアメリカは大尉と同胞にとって別種の収容所であり、流刑地だ。

感傷や単純なイデオロギーに抵抗する原作小説の姿勢は、ドラマ版にも共通している。「ここには戻ってくるな」。帰りたいと懇願する大尉に、本国の上司はそう警告する。

歴史の正しい側に立とうとする多くの者と同じく、大尉は恐ろしい行動をすることになる。この点で、彼の行動はつじつまが合わなくなる。

彼が信じる共産主義は、純粋な政治信念というより欧米の帝国主義への反動に映る。そのために、なぜこれほど犠牲を払うのか。彼にとって最も大切なのは少年時代からの親友2人だ。その2人は正反対の側に分かれ、それぞれがもっともな理由で戦っている。

こうした倫理的難問は多くの場合、魅力的な映像作品に昇華しない。本作の頼みの綱は、目をクギ付けにする主演俳優のカリスマ性だ。

シュエンデ扮する大尉は当初、自信過剰なほど冷静で、メンター役である人々の欠点や途方もない要求にエレガントに対応する。だが待ち受けているのは、不可能な状況がもたらす自身の崩壊であり、シュエンデは胸が痛むような弱さを表現してみせる。

コーエン兄弟の映画のように始まる大尉の物語は、ジョージ・オーウェルの小説のような世界にたどり着く。気の進まない道のりだ。戦争は終わり、自分たちの側が勝利したと、大尉は考えていた。だが、戦争は息を潜めていただけだったのだ。

©2024 The Slate Group

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中