最新記事
映画

再会した幼馴染と現在の夫の間で...映画『パスト ライブス』、胸が張り裂けそうなエンディングの謎

Saying Goodbye to the Past

2024年4月5日(金)19時14分
スー・キム

newsweekjp_20240405025626.jpg

主演のリーはソン監督(右)の体験をスクリーンに再現した COPYRIGHT 2022 ©TWENTY YEARS RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED

昔の自分に「さよなら」

ヘソンを乗せたタクシーが走り去ると、ノラはとぼとぼとアパートへ帰る。建物の前では夫のアーサーが待っていた。ノラは彼に抱き付き、泣きじゃくる。

「ノラは、(昔の自分に)さよならを言う必要性に気付いていなかったと思う。でも思い切り泣いたことで、12歳の時には言えなかった『さよなら』を言えたのだろう」

ちなみにアーサーも、このシーンで「彼なりのハッピーエンド」を迎えた。少なくとも監督はそう考えている。

ノラが本当に結ばれるべき相手はヘソンなのではないか。アーサーはそんな疑念を抱き、時空を超えて何十年も続いてきた恋には「勝てっこない」と口走る。ある場面では、ノラが寝言では韓国語しか口にしないことを明かし、「君の中には僕の入れない世界があるみたいだ」と言う。

そんなアーサーも、ラストシーンで泣きじゃくるノラの姿を見て、これが自分の本当の妻なんだと気付く。「泣き虫だった12歳の少女が自分の家に帰ってきた」のだと。

今にして思えば、この映画の原点は自分自身の底なしの孤独感にあった、とソンは言う。あのバーに座り、自分の過去が自分の現在に語りかけるのを通訳していたときの感覚は誰にも理解できないと、当時は思い込んでいた。

「この場で、こんなふうに感じているのは自分だけだろう」と感じた瞬間に、この作品のインスピレーションが湧いてきたと彼女は言う。

しかし『パスト ライブス』を撮る過程で彼女の孤独感は薄れていき、主人公のノラと同じように、自分を取り戻すことができた。

「こんな感覚は自分だけのものだと思っていたけれど、本当は誰にもあると気付いた。過去に出会った誰かや、今そこにいる誰かが自分の姿を鮮やかに照らし出して、矛盾しているようだけれど真実の自分を見せてくれる。そんな感覚を、みんな持っているんじゃないか」

「あの夜から何年もたち、ようやく私は、こんな感覚を抱いているのは自分だけじゃないと気付いた」とも、ソンは言った。「自分の過去が現在や未来に語りかけてくるのを眺めている感覚は、きっと誰にでもある。そう思えてからの私は、もう孤独をあまり感じなくなった。本当の自分に戻る女性を描いた映画で、私自身も自分を取り戻せた。これってすごいと思う」

本作はサンダンス映画祭で絶賛され、アカデミー賞でも作品賞と脚本賞にノミネートされていたが、惜しくも受賞は逃した。「この映画に関わってくれた多くの人たちの人生と時間を両肩に背負っている感じ」と語っていたソンは、悔しい思いをしているに違いない。でも前を向こう。だって(来世ではなく今生に)次作があるのだから。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、イラン核施設への限定的攻撃をなお検討=

ワールド

米最高裁、ベネズエラ移民の強制送還に一時停止を命令

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪肝に対する見方を変えてしまう新習慣とは
  • 3
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず出版すべき本である
  • 4
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 5
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 8
    ロシア軍高官の車を、ウクライナ自爆ドローンが急襲.…
  • 9
    ロシア軍が従来にない大規模攻撃を実施も、「精密爆…
  • 10
    ロシア軍、「大規模部隊による攻撃」に戦術転換...数…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 9
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 10
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 9
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 10
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中