「犯罪ノンフィクション」の醜悪な世界──思い込みが自らに返ってくる恐ろしすぎる映画
The Dangerous True-Crime Brain
グレースはドメスティックバイオレンス(DV)の被害者だった。親しい友人がいないのは、転居せざるを得なかったから。名前を変えたのは、虐待的な元夫から身を隠すためだった。
こうしたプロットの背景には、悲しむべき現実がある。全米反DV連合によれば、グレースのような黒人女性は、配偶者などのパートナーから暴力を受ける割合が突出して高い。さらに、黒人成人女性が被害者である殺人事件の半数以上は、パートナーによる暴力と関連しているという。
意外な展開は、この手のジャンルへの観客の思い込みを浮き彫りにする。なぜ被害者のグレースが本当は悪人だと予想するのか。しかも事実が明らかになっても、人々は自らがつくり上げたグレース像を捨てようとしない。
まさに「犯罪ノンフィクション脳」と呼ばれる精神状態だ。犯罪ノンフィクションが流布し、若年女性の被害者が過剰に取り上げられるせいで、今や完全なパラノイアが生まれている。
TikTok(ティックトック)やツイッターでは、自分が行方不明になったときに備えるノウハウが簡単に見つかる。自らの指紋や毛髪、容疑者かもしれない人物の情報を残しておく方法を伝授する動画も大人気だ。
こうした錯乱状態こそ「犯罪ノンフィクション脳」がもたらす快感だ。だが脅威ばかりに目を奪われている間に失うものはないのか。事件が巻き起こす騒動が過ぎ去った後はどうなるのか。
多くの場合、次の事件に興味が移るだけだ。間違いを正し、一般論から脱し、犠牲者を悼む暇などない。アルゴリズムは、そのように設計されてはいないのだから。
実在の人々の人生をエンターテインメント化すれば、無感覚に陥り、思いやりをなくし、不信が膨らむ。平凡な過ちが邪悪な動機に見えてくる。予想外の展開を期待しても大概はそうならないのに、目の前の真実を無視してしまう。
とんでもなく邪悪な人物を追い求めた結果、相手の人間性が見えなくなるだけでなく、本当の警告、本物の危険を見逃すことになる。
『#サーチ2』は、多くの人が犯罪ノンフィクションに求めるスリルとどんでん返しに満ちている。だが本作で最も恐ろしいのは、観客側にカメラが向けられる瞬間だ。妄想に取りつかれ、考えなしに非難し、悲劇を楽しもうと待ち構える私たち自身に。
MISSING
『search/#サーチ2』
監督/ニック・ジョンソン、ウィル・メリック
主演/ストーム・リード、ニア・ロング
4月14日日本公開