最新記事

シネマ

映画『ブレット・トレイン』で、58歳ブラピがついにアクションヒーローに

Brad Pitt as Action Hero

2022年9月1日(木)14時28分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

暗く不快なニヒリズム

ブリーフケースの名目上の所有者はロシア・マフィアのボス、ホワイト・デス(マイケル・シャノン)。他のカメオ出演者と違い、この役にはそこそこ長いセリフがある。

イカれた高速列車に乗り合わせるイカれた面々はまだまだいる。動物園から脱走した凶暴な大蛇、列車の通路をパトロールする日本風マスコット、映画の後半に国際的暗殺者役で登場する女優のザジー・ビーツ......。

リーチは何でもありのコミカルな大騒ぎを盛り上げたかったようだが、映画のペースが速すぎる上に人が死にすぎるので、印象に残るのは暗くて不快なニヒリズムの雰囲気ばかり。どんな人物もいつひどい死に方をするか分からず、しばしば実際にそうなる。

幸運にも『ブレット・トレイン』と同じ鉄道路線、つまり東京から京都まで新幹線に乗った経験から言わせてもらえれば、私はこの映画よりも優れたアクションシーンやコメディーシーンのアイデアを少なくとも6つは思い付く。

例えば、新幹線から感じる静かな上品さと洗練されたサービス精神(車掌服の精緻なデザインは言うまでもない)は、様式化された暴力と美しいコントラストを成す背景になり得たはずだ。

とはいえ、「アクションヒーローとしてのブラッド・ピット」というアイデアは、やはり注目に値する。ピットの軽妙な存在感と、映画スターという自身のペルソナに対する自虐的なアプローチは、CGまみれの混沌に静かな安定感をもたらし、(少なくとも比喩的に)列車が脱線するのを防いでいる。

アクションについては、スタントを自分でこなすそぶりも見せないが、50代後半の男性としては十分すぎる体力を維持している。何よりピットのリラックスした態度と、銃を持ち歩かず、自己防衛以外に暴力を使わないというキャラクター設定が、この冷酷なブラックコメディーに可能な範囲で好感の持てる主人公像をつくり上げている。

また、ピットはあまり出来の良くない脚本でも、観客が自然に笑える演技をする。過小評価され気味なユーモアセンスこそ、彼の秘密兵器。大蛇をハイテクトイレに流そうとするシーンでは、思わず声を出して笑ってしまった。

同様のシーンはほかにもあったが、ここでは触れない。数少ない良質な笑いをネタバレしたくないこともあるが、本当によく覚えていないせいでもある。映画を見た3日後、『ブレット・トレイン』は新幹線よりも速く、私の頭から消えてしまった。

次回のピットには、もっと自分に合った、もう少し落ち着きのあるアクション映画に出てもらいたい。

©2022 The Slate Group

BULLET TRAIN
ブレット・トレイン
監督╱デービッド・リーチ
主演╱ブラッド・ピット、ジョーイ・キング
日本公開は9月1日

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ワールド

中国、日本人の短期ビザ免除を再開 林官房長官「交流

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報

ビジネス

独総合PMI、11月は2月以来の低水準 サービスが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中